反芻
「え?」
「あ?」
心臓が壊れそうだった。はじめて見る懐かしくて愛しい、スクエアフレーム。
「ご、めん。大丈夫」
口から心臓と一緒に肋骨も出そうだった。顔に血が上った。背を支えてくれる大きくて暖かな手を、現実だと理解するには彼の顔は可愛すぎた。
「でも、顔色が」
悪いよ?と言いたかったのだろうが、きっともう血色の良さで言えば世界一だったろう。耳も千切れそうなくらい熱かった。
乾が、乾貞治が、に?乾、に?支えられてる?腕?肩、背中、手。あ、わ、わあ。
思い出すだけで死にそうだ。
「ちょっと、乗り物酔いで」
「そうなんだ。君、一人なの?」
「親は仕事、で。でも、大丈夫だから。あ、ありがとう!」
爆発しそうだった。私は、慌てて支えてくれていた腕の中から離れた。
それにしても、あの時の私の口はよくもまあペラペラと返事が出来たものだ。
「ほんとに? 保健室まで送るよ」
しっかりした眉毛をハの字にする乾は、もう、例えようもなく可愛くて、私に向けられた優しい言葉はやはり優しく柔らかい声だった。
「ううん。ほんとに、もう大丈夫。ありがとう。い、きみも一人なの?」
「早くついたからちょっと、探検」
歯を見せてにっと笑ったその表情は、焦がれて焦がれて憧れていた乾の笑顔で、額に入れて飾りたかった。私の心のルーブルのどセンターに置きたかった。置きたい。飾りたい。見守りたい。好きだ。大好きだ。君が、君が、好きだ。
「ああああああ乾好きだあああああ」
ベッドの上でもんどりを打つ。三秒で落ちた。
「……痛い」
夢じゃない。いや夢でもいい。醒めないでほしい。いや目覚めてもいい。覚めた瞬間銃弾の雨で蜂の巣でも悔いはない。いや目覚めてしまうのならいっそ、絶望を感じる前に死んでしまいたい。
「子ども百人分の徳ぱねえ」
顔を両手で覆いながら、大いなる神に感謝を述べた。
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