使命
私の名前は佐波 かや☆ 今をときめく花の中学一年生! 漫画が好きなごく普通の女の子。だけど、実はそんな私にもヒミツが――……。
実は『人生二周目』なのだ!
前世の私は子ども百人と石油王三人を庇って死亡。
その功績により、今生はなんと大好きな『テニプリ』の世界に!!
周りは憧れのイケメンだらけ! あーん!私これからどうなるのーーーッ!?
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どうにもならんな。
色々あったようで何もなかった入学式を終えて、今日がついに初めての登校日だ。混乱も落ち着いた私には、教室のがやがやとした声が遠く感じられる。
それは今朝目覚めた瞬間に生まれた一つの使命のせいだ。
「ねえねえ、菊丸くんってもう部活決まってるの?」
「うん! もっちろん! テニス部だよん!」
それは『三年に進級するよりも前に、乾貞治にシャトーブリアンを食べさせる』というものだ。
なぜだかは分からない。『彼ら』の性格や関係性はいくらでも思い出せるのに、テニスでの試合結果などその他のことはさっぱり記憶から抜け去っていた。
――それでも、それでも、私は至急すみやかに乾貞治にシャトーブリアンを食べさせなければならない。
「えー! 似合うー!」
「英二くんって小学校の時から運動神経よかったもんね!」
シャトーブリアンを置いておいても、私には昨日のお礼を彼に言いたい。というか口実はなんでもいいから話しかけたい。乾貞治の声が聞きたい。乾。乾貞治!
私が意を決して立ち上がると、後ろから肩を二度三度叩かれた。
「君もさ、足早かったよね! 入学式終わった後すんごいスピードで出てったし」
すでにクラスの中心にいる菊丸英二だ。人懐こい笑顔に、つられてこちらにも笑みが浮かぶ。
「なに、腹でも壊した?」
王子様も中学一年生!
逆に言えば一年生でも王子様は王子様だ。菊丸ほど人の輪に囲まれてはいないが、同じクラスの不二を見る女子たちの視線は熱を持っている。
我が愛しの乾貞治と言えば、もうすでに高身長に成長するであろう長い手足を持て余すように椅子に座り、他の男子生徒と話している。私の見立てだが、乾のモテ期は中学三年生、高校三年生、大学三年生、就職三年目から以後続く。だ。
「おーい、聞いてる?」
菊丸がパタパタと目の前で手を降る。私ははっと意識を戻して、
「あ、うん。お腹すいてた」
「それって今? それとも昨日のこと?」
「どっちもかな」
なにそれーとケタケタ笑う菊丸は可愛らしい。でも違う、今は違うのだ。
しかしそれじゃあと話を切り上げるには、これからの一年気が重い。そもそも乾ほどでなくとも、青学箱推しとしてはこの瞬間だって喜びでどうにかなりそうだ。
「佐波って変なヤツだにゃー! なあ、部活は? もう決まってんの?」
「いや、どうしようかなって。みんなは?」
視線を菊丸から動かしながら言った。そろそろ周りの女生徒の機嫌が悪くなってきている。いくらなんでもいきなり跡部の親衛隊ルートには入らないだろうが、友だちは欲しい。
それに、今生でも徳を積んでおかないと来世はきっとカマドウマだ。
えーどうするーなどと和やかな会話を続けていると、担任らしき女性が教室に入ってきた。
まあ、今日はガイダンスだけだし、クラスメイトの乾とはいくらでも話すチャンスはあるだろう。
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そう、思っていた――。
まさかの、一度も話せないまま初日が終わってしまった。なんてこった。なんでだ。
色々あって色々出遅れていたら乾貞治はいつの間にやら帰ってしまっていた。まだ明日からいくらでも話そうと思えば話せるだろうが、もうすでに、乾不足だ。
前世からしたら恐ろしいほどに身近にいるというのに、人というのは傲慢だ。一度味をしめてしまうともう駄目らしい。
乾不足を補うために、私は昨日の出来事と自己紹介で甘噛みする愛らしい姿を反芻する。
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