煙草

 入学式が終わる頃には、かやと以前の彼女の意識は平らな地続きとなった。
 その結果、彼女は深い喜びと同じくらいの悲しみ、苦しさを味わうことになる。

「――これにて、第――回青春学園中等部の入学式を終了と致します」

 壇上からそう響いた瞬間、かやは今すぐにでも外へと飛び出して行きたくなる。奥歯がすり減るほど強く噛み締め、ぐっと堪える。
 他のクラスメイトと共に体育館から退場の行進をしている間も、彼女は拳を固く握りしめていた。





 彼女のしたいことはたくさんあった。一度目の人生の時に恋い焦がれ憧れていた存在が、今目の前にいるのだから。それでも、彼女が走りだす方向は、彼らのいる教室ではなく、外へと続く正門だ。走りながらも、彼女は苦しんでいる。
 走って、走って――、学校からほどなく離れたところ。かやは鞄から買ってもらったばかりの携帯を取り出し、一人の友人の元へと電話をかけた。
 一度目、何度もコールが無情に響く。二度目、三度目、かやは諦めない。四度目、五度目、六度目、七度目。やっと、電話口から不機嫌そうな声が帰ってきた。

「うっせえな……何のようだ」

「亜久津」

 相手は、数年前同じ空手道場に通っていた亜久津仁だ。彼もまた憧れていた『漫画のキャラクター』であったが、今のかやにとって重要なのはそこではない。

「だから」

「亜久津! ――今、どこ?」

 うっすらと涙を浮かべなから、かやは叫ぶ。尋常ではないその様子に、亜久津は渋々ながら今いる場所を告げた。かやはすぐに電話を切ると、彼のいる公園に向かうバスへと飛び乗った。
 早く、早く、鼓動と焦りに急かされながら、彼女は願うように目的地へと向かう。





「なんなんだ、テメエは」

 苛立ちを隠すことなく、亜久津は言った。かやは未だ整わない呼吸に肩を震わせながらも、亜久津の手にした『それ』を見て涙を溢す。

「……一本、ちょうだい」

「あ? 何言ってんだお前」

「煙草! 一本くれって言ってんの!!」

 かやは弾かれたように顔を上げ、亜久津の胸ぐらを掴んだ。

「(この体になってニコチンは抜けたはずなのに、どうしようもなく求めてしまう…ッ!)」

 亜久津は必死なその表情に珍しく目を白黒とさせ、煙草の箱を差し出した。
 




「あ、あああ、幸せ……」

 煙を吐き出しながら、かやはベンチに腰掛けた。亜久津の吸っている煙草は彼女の趣味ではなかったが、今はただただこの白い煙が愛しかった。

「お前、いつの間に吸うようになったんだよ」

 亜久津が新しい煙草に火をつけながら、訝しげに言う。「男でも出来たか?」と続ける彼に、中学一年生にしてはませた口をきくものだと、かやは思った。

「男が出来たから煙草って、古風だな……。まあ、色々あって。亜久津はどこで買ってるの?」

「自販」

「それがあったか! 前は証明書必要だったから選択肢に入ってなかったけど……そっか、まだ買えるんだ」

「……」

「ナンデモナイヨ」
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