新ジャンル2

 学校から二つ目の駅にある、チェーンなんだかどうなのか微妙なカラオケ店の大部屋。男女入り混じり二十人近くいる現状は、ちょっとしたパーティーだ。菊丸のコミュニケーション能力のたまものなのか、うちのクラスが仲がいいのか。多分どっちもなんだろうけど。
 「何歌うー?」だの「飲み物とってくるけど奥の方なんかいる?」だの楽しげな様相で、乗り気でなかったとはいえ私も楽しくなってくる。

 しかも隣は乾貞治! これも全ては不二大明神のおかげだ。店に入ってから私と乾に会話をそれとなく持ち出し、そのまま席に座らせる手腕たるや。天才は何事も器用にこなす。足を向けて寝られないとはこのことだ。
 しかしポケットに入っていたミントタブレットをお礼の代わりにあげたら、微妙な顔をされた。なによ、今日買ったやつだから大丈夫だし。

「カラオケって、はじめてきた」

 ソファに腰を下ろした乾はちょっと落ち着かなそうにソワソワと、それでいて興味深げに室内を見渡す。いやーんかわいいー。からっと揚げて食っちまうぞ。今日も今日とて乾貞治への愛情を持て余していると、彼は気を落ち着かせるように眼鏡に触れた。
 それから「佐波はどんな音楽が好きなんだ?」といつもより顔を近づけてくる。

 ……十数人もいるカラオケルームはそれはもう賑やかで、その上、菊丸が開幕一曲目を入れて盛り上がっていて――声を張り上げないと会話も難しい状態で、そうなるとこうやって顔を近づけるのも仕方がないことで。全然平気。全然。全然平気じゃない! 顔が近い! 肌が白くて綺麗だね! なんだこの肌! 新雪か? 処女雪か!? 一緒だ!

「えっと……そうだなあ……い、乾は?」

 その上、なんか、なんか、いい匂いがする! なんか天使みたいな匂いがする!
 この前の映画館でも思ったけれど、乾はパーソナルスペースが狭い。かといって不必要に近付いてくるわけではないけれど、逆に言えば必要とあらばかなりの接近も厭わない。
 心臓がすさまじい速度でダカダカしてる。死ぬかもしれない。

「俺は、結構なんでも聞くよ。最近は菊丸が貸してくれたやつとか」

 いま歌ってるの新曲だよな。と得意げに微笑む乾貞治がほぼゼロ距離。
 気管が一気に狭まり喉の奥からは喘鳴がでそうになる。いやいやいや無理無理だって私が理性ある現代人でよかったね乾貞治チューしちゃうぞ無理です無理です死ぬもの。

「私にも今度、乾のおすすめのCD貸してほしいな」

 まかせて。と笑ってくれるが、それからの会話は覚えていない。
 周りの声に意識を持っていこうと懸命に努力していたからだ。時折鼻先をくすぐる乾の匂いに全てをかなぐり捨ててしまいそうになるが、太ももに爪を立ててでもこらえた。なんだかよくわからない衝動で乾になんだかよくわからないけどよからぬことをしてしまいかねない。
 無防備に近づくんじゃねえよ! さ、誘ったお前が悪いんだからなあ!

 ――十分ほど耐えて、ようやく周りの音が意味を持って耳に届いてくる。
 よかった。助かった。助けて。
 すがるように耳を傾けたクラスメイトの可愛らしい声が綴っているのは、甘酸っぱい恋の歌だった。わかるなあ、そういうの。
 多分ヘッド(受)もこういう気持ちだったと思う。

「佐波、これどうやって使うのか教えてくれないか?」

「あ、うん!」

 あぶないあぶない。今日はイメソン探しをしにきたんじゃないし、そもそもあの時代に絵文字なんかない。三十一文字みそひともじは苦手だった。だけど君からだったら和歌和歌しちゃう。





 乾の歌声は、さすがリョーマくんが面白がることはある。
 いや、私はもうマイクを握る姿の可愛さと声変わりが近いだろうちょっとかすれた声でお腹いっぱい。むしろリズムにも音程にも乗り切れていないのに楽しそうな姿が百点満点グラミー賞もの! 最高! アンコール! 乾貞治ソロライブ待ったなし! 武道館を私で埋め尽くそう!

 そもそも私も音楽関係は得手ではないので――マイクを置いて、顔を背けて肩を震わせている不二を睨みつける。菊丸は盛大に笑っている。「二連続はずるい!」じゃないんだよなあ!
 乾とは逆となりのみいちゃんが優しく肩を叩いてくれたが、それはそれで優しさが辛い。

「ぐうの音もでない」

「佐波にも苦手なことがあるんだな。新しいデータだ」

 ぐう……。
 はじめて取られたデータが音痴って。音痴って。いやなんでもいい! 乾貞治に取られるなら現金でも命でも喜ぶ! 心はもうとっくに取られてる。好き。

「苦手なことだらけだよ」

 熱くなった頬をグラスで冷やす。残っていたウーロン茶を飲み干して、廊下にあるドリンクバーへと立ち上がった。別に! 笑われて恥ずかしかったわけじゃないし!

「乾も、なんかいる?」

「そうだな……俺も行こうかな」

 今日の乾はなんだかひよこみたいで、そういうのずるいと思う。可愛すぎる。好き。
 行きしな、いまだ腹を抱え込んでいた菊丸のつま先を踏んでから部屋を出る。「なーにすんだよー!」と叫んでいたが無視だ無視。
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