携帯電話3
――決戦の日は来たれり。
私の気合の入りようは、まず普段は気にもしない天気予報を約束を取り付けた日からチェックし続けていたことにはじまる。
九月も中頃に入ると、寒いのか暑いのか、実に微妙なところだ。朝の涼しさにかまければ昼間は地獄で、薄着をすれば夜は寒い。いや、今日は夜まで遊ぶ予定はないのだけれど。
とにかく、天気からそして流行まで徹底的にリサーチをした! 今日は午後から曇るらしい。そして今年はオレンジが熱い! らしい。本当か?
シャツワンピースにオレンジのパンプス。髪もきちんとセットした。
今日は乾が見たいと言っていた映画を見て、どこかでお昼ごはん。その後、ランニング用のスニーカーを見に行く予定となっている。
あまりにも完璧なデートプランだ。
服装も完璧、計画も完璧。
完璧じゃないのは……。私は買ったばかりの腕時計に目をやる。時刻は9時45分。待ち合わせは10時。ここは、電車の中。
一本、乗り過ごしてしまった。
二回目のメールが遅れるかもしれない、の連絡だなんて。だなんて……。
本当に自分に嫌気がさす。だらしない。あまりにもダメ人間。
結局待ち合わせには間に合ったけれど、走ったせいで折角セットした髪もボサボサになってしまった。十点減点。反省します。
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そんな幸先の悪いスタートだったけれど、乾と合流して映画館に着いた頃にはすっかり気分は高揚し、先の失敗など忘れた。だっていつ隣を見ても乾がいる! 話しかけたら返事をしてくれる! すごい!
キャップに黒のTシャツ、七分のズボン、スニーカーという出で立ちは年相応の愛らしさ。……乾のファッションセンスは中一から変わっていないようだ。
窓口でチケットを買うために列に並ぶ。日曜日の映画館は混雜していたけれど、乾と一緒ならたとえ満員電車でも天国に変わるだろう。むしろ合法的に触れられるのだから、本当に天国直通だ。無理、死ぬ。
「三十分後に開場だね。チケットもまだあるみたいでよかった」
ひょいとつま先立ちをして、上映スケジュールを見つめる乾。タイミングとしてはばっちりだ。しっかりした彼のことだから、事前に時間を調べておいてくれたんだろう。ありがたい。尊い。つま先立ちかわいい。
「『妖怪大戦争』だっけ」
「うん。コマーシャルで見て、面白そうだったから。付き合ってくれてありがとう」
「私も見たかったから。乾って、どういう映画が好きなの?」
韓国映画。そう、韓国映画だ。乾貞治(三年生)の公式プロフィールでは、彼の好きな映画は『韓国映画』となっていた。好きな音楽は『何でも』。好きな食べ物は不明。
データマンのデータは、ざっくりしている。
かろうじて好きな本『ミステリー小説』で、方向性が推し量れないこともないけれど。ミステリーな韓国映画? そっちの方面には明るくないので、さっぱり予測がつかない。
今日見る予定の『妖怪大戦争』は、ジャンルで言えば……ファンタジーになるのだろうか。
「何でも好きだよ。面白そうだったら、とりあえず見てみるかな」
ざっくり再び。
でもきっとその『何でも』が、一番乾貞治を表す言葉なんだろう。乾は楽しいことが好きだ。何にでも興味を持って、色んなことに触れて、目一杯楽しんで、そういうことが好きな人。
…………はぁ、好き。
「佐波は?」
「なるほど。私もどっちかと言うとそうかな」
乾の『何でも』が好奇心からなら、私の『何でも』はただの雑食性だ。
その時の気分によって変わるとも言う。
そうこうしている間にチケットの列は終わった。
それからポップコーンと飲み物を買って、いよいよ座席へと向かう。重ね重ね言うが、もう何度も乾の隣に座ったことのある私だ。いい加減そんなことで取り乱したりはしない。
「映画館って、なんかワクワクするよね」
映画館特有のふかふかの椅子に腰をおろしながら、さらりと会話も出来る。この成長っぷりを見よ、先月の私。
「うん。プラネタリウムとかも、好きだな」
楽しそうな乾の笑顔を見ても、かわいいな、最高だな、まじでかわいいな。と思うだけに留められる。薄闇の中でも、彼の可愛らしさはとどまるところを知らない。
それにしても、満点の星空と乾貞治か……。そんな美しい光景を見たら、私(ゼウス)が星座に召し抱えてしまうだろう。乾座。ちょっとありそう。
「そろそろはじまるね」
甘い囁きの耳打ちに飛び出しそうな悲鳴も、きちんと堪えられた。えらい。
己の成長っぷりを噛み締めていると、映画の予告編がはじまった。あ、これ見たい! と思っていてもいつの間にか上映期間が終わってしまっているあれだ。
それと同時に非常灯が消える。
――辺りは一瞬、真っ暗になった。
暗闇で 乾と私 二人きり
一句詠んで、私は意識を手放した。
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