夏休み4

 そして他の五人は、アイコンタクトを残して計画的にはぐれてしまった。もう、みんなったら……。
 いい仕事するなホントに。後でクレープでも奢ってあげよう。

「あれ、はぐれちゃったね」

「本当だ。そっちから見える?」

 我ながら、白々しいことこの上ない。
 しかし乾は気付いていないようで、辺りをキョロキョロと見渡した。プレーリードッグに似た可愛らしさがある。たまらん。

 菊丸を引っ張って人混みにまぎれていった不二たちの目は、「一時間くらい二人っきりにしてやるから女を見せろ」と語っていた。ような気がする。
 一方その頃乾は、金魚の種類と生態について語ってくれていた。去年のお祭りの時に気になって調べたらしい。まったく、もう。好き。

「いないみたいだ」

「とりあえずメール送ったけど、人が多いから電波も悪いね」

 これは本当。

「そっか。気をつけながら、とりあえず二人で回ろうか」

「うん!」

 わーい! 乾とお祭りデート!
 まずは前から話していた、『本当にかき氷のシロップは色が違うだけなのか』の実験をすることにした。
 人混みを縫い縫い、いぬいぬい進んでシロップかけ放題のかき氷屋を探す。

「そういえば、もうなんか食べた?」

「綿あめ食べたよ。作ってるの見るのが好きで、つい買っちゃう」

 なんだそれ、見たかった。すごく見たかった。綿あめを食べる乾貞治なんて、雲を食べる天使も同義じゃないか。惜しいことをした。
 「あの機械楽しいよね」と話しながらも『天食乾』って中国語みたいな字面だなと考えていれば、創英角ポップ体ででかでかと『シロップかけ放題!』と書かれた屋台が見つかった。
 「あったね」と嬉しそうにする乾。かわいい! たのしい! 大好き!

「いらっしゃい。お、坊っちゃん、かわいい彼女連れとはイカすねえ」

 ――なんだろう。今日は世界が私の味方をしているのだろうか。オヤジ、いい仕事だ。ここに決めてよかった。チップとかいる?
 「そんなー」と照れて見せながら乾の様子を確認する。が、「どうも。かき氷二つください」と至ってフラットだった。うっそでしょ。おっとなー!
 もうあんまりにも脈がなさすぎて死にそう……。
 全力で気落ちしかけるが、よくよく見れば乾の耳がほんのり赤く染まっているような。提灯の明かりのせいのような。どっちだ!

「はい」

 乾は屈託ない笑顔で、オヤジから受け取ったかき氷を手渡してくれる。カップ越しにもひんやりとした冷気が伝わる。
 ……まあいい、こういう小技がじわじわと効いてくれるはずだ。きっと。多分。そうじゃないかな。そうだといいな。

「何味にしようか」

「私、ブルーハワイとレモンにする」

「じゃあ俺はメロンと、みぞれはシロップじゃないもんね……いちごにしようかな」







 どこか座れるところを探そう。ということで人気のないところ人気のないところへと奥に向かえば、神社を囲う林ギリギリのところのベンチが空いていた。 
 晩夏の夜。人気は少なく、空には星。鈴虫までリンリンと鳴いて、舞台効果はばっちりだ。やっぱり今日の世界は私の味方をしている。
 こんな全面バックアップをしてもらって、なにも出来なかったら男じゃない。……男じゃないよ。

「普通に食べると、やっぱりメロンはメロン味だね」

「レモンもだよ。ブルーハワイは……ブルーハワイって何味?」

「確かに」

 お互いに一口ずつ交換したり、目を閉じて食べてみたりといろいろ試してみる。味は……同じと言われれば同じだし、違うと言われれば違うような気がした。

「うーん」

「微妙だね」

 しっくりしない実験結果だった。私と乾は顔を見合わせて首を傾げた。
 ちらりと覗く乾の舌は緑に染まっている。……かわいい! え、かわいい! なんで、ただベロが緑色に染まっているだけのに可愛いって。え、なんで!?
 混乱していると、乾がクスクスと笑い出した。

「佐波の舌、真っ青だ」

 お前もだぞ★
 あーかわいい! だめだ、ちょっと落ち着こう。
 深呼吸をして、気を休める。大丈夫、大丈夫。「大丈夫?」「ひゃっ!」
 突然乾に覗き込まれて、全然大丈夫じゃなくなった。最近いらんフラグばかり立てては、即時回収している気がする。これが転生特典だとしたらさっさと返上してしまいたい。

「頭痛くなった?」

「う、ううん。大丈夫だよ」

「そう? あれって、アイスクリーム頭痛って言うんだって」

 もう、博識な気遣い屋さん。好き。
 好き、好き、よし、この勢いで行くのは、どうだろうか。どうか? どうなんだ? ん? よし!
 
「あのね! あの………………次は、金魚すくいしたいな」

 ヘタレ!
 それにしても、乾の中の私はずいぶんとか弱い女の子になっているような気がする。守ってあげたい系の女の子はどうですかね、乾くん。







 いやあ、遊んだ。食べて遊んだ。満喫した。
 逆に言えばお祭りを満喫しすぎてしまった。なにか心ときめかせる出来事も、アピールもとくにできなかった。すまない、みんな……私が不甲斐ないばかりに。最高に楽しかったから許して欲しい。
 そろそろ一時間経つし、合流することにする。
 成功か失敗で言えば、まあ勝負もしてないから不戦敗! おつかれ!
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