夏休み3

 なんとか鬱々とした気分をふっ飛ばして夏休みを過ごしていれば、みいちゃんから夏祭りのお誘いのメールが届いた。今日の夕方からという中々急な話だったが、迷うことなくOKの返事をする。
 夏祭り! 夏祭りといえば、焼きそば、焼き鳥、缶チューハイ、かき氷、焼き鳥、水割り……。ちょっと大人はみ出たな。ビールは苦くて飲めなかった。

 さて、待ち合わせまで三時間ちょっと。とりあえずシャワー浴びて、じいちゃんに出かける旨を伝えよう。自室を出て、リビングへと向かう。丁度じいちゃんはテレビでゼブラーマンを見ていた。相変わらずロックなじじいだ。

「じいちゃん、夕方から学校近くのお祭り行ってくる」

「おー行って来い行って来い。晩飯は適当に飲みに行くから気にせんでいいぞ」

 じいちゃんはソファに横になったまま、ひらひらと手を振る。適当な人だが、同居人としてはその適当さに助かっている。二人暮らしで相手とウマが合わないのはきつい。例えそれが家族でも。

「サンキュー」

 ――両親は今年の4月、弟二人を連れて静岡の山の中に引っ越した。年の離れた弟たちは少し肌が弱いのだ。まだ小さいうちは空気がきれいなところがいいだろうという理由で三年か四年、むこうで家を借りている。
 私がついていかなかったのは、別に両親との折り合いが悪いとかではなく受験だとか色々を話し合った結果だ。都内にじいちゃんが住んでてよかった。

「かや、祭いくなら、ほら、あの、なんだ」

「ボケたか?」

「まだボケてねえ。あれだ。浴衣、浴衣きていけ」

 まだ半年に満たないじじいとの生活だが、それなり楽しくやっている。
 元より口調がうつるほど仲がいい。

「なんで浴衣。暑いからいやー」

「じじいはなァ、ひまわりのワンピース着て『お姫様になるのー!』って言ってた孫に帰ってきて欲しいんだよ」

「諦めろじじい」

 だから私の口が悪いのは私のせいじゃない。前世からそうだった気がするが、多分気の所為だろう。

「諦めぬじじい。白いフリフリのネグリヂェを」

「じじい無理すんな」

 ヂェっつっちゃってるもの。
 しかし、これだから身内はいやだ。小さい頃の話なんてシラフで聞けるもんじゃない。







 結局じいちゃんの「浴衣着てったら小遣いやるわ。なんかいま高いんだろ、出店っつーのは」という言葉に負けて浴衣だ。暑い。
 まあ、着てしまえばそんなに悪いものでもなかった。白と青と花葉色の柄の入った浴衣は、なんとはなしにお祭り気分を盛り上げてくれる。足元がサンダルなのはご愛嬌だ。

 友人たちと合流して向かった神社は、結構な人で賑わっていた。こどもの笑い声、喧騒、祭り囃子にソースとタレの焼ける匂い。土と湿気た空気と緑の匂い。立ち並ぶ提灯の明かり、カラコロと鳴る下駄の音。祭りだ!

「何から食べよう!」

 振り返って同伴者を見る。彼女たちもそれぞれによく似合った、色とりどりの浴衣を着ている。浴衣の女の子三人、華やかだ。ますますワクワクしてしまう。

「とりあえず、一通りぐるっと見に行こうか」

 相変わらずゆうちゃんは大人だ。すでに小銭を握りしめて焼き鳥に飛びつかんとしていた私とは格が違う。
 うんうんと頷いて、境内に続く長い出店通りを歩いて行く。「お、型抜き」とか「クレープも美味しそうだねえ」とか話していれば、さっきまで明るかった空も段々と薄暗くなる。橙色から紫、紫から段々と紺色に。いい雰囲気だ。
 
「ねえあれ、菊丸くんたちじゃない?」

 一周し終わってラムネの屋台に並んでいると、りっちゃんが声を上げた。
 指さされた方向を見やれば――提灯のぼんやりとした明かりに照らされた乾貞治がいた。
 長身とはいえいまだ中学一年生、人混みに埋まりながらも、それでも彼は輝いている。うちわで顔を仰ぎながらゆっくりと辺りを見渡すその姿は、普段教室で見る彼とも、テニスコートで見る彼とも少し違う。あーーーーーーかわいい!
 不二と菊丸と三人で遊びに来ているようで、さすがに浴衣は着ていなかった。残念。

「おーい」

 みっちゃんが三人に向かって手を振る。菊丸たちはすぐに気がついて、こちらに向かってきた。
 その間も私は乾貞治を見つめっぱなしだったので、視線がばっちり合う。……誤魔化すように、私も笑顔で手を振った。

「こんばんは、みんな浴衣なんだね。よく似合ってる」

 さすがの不二周助というべきか。合流してからすぐに、さらりと褒めてくれた。ちなみに菊丸はたこ焼きで口をいっぱいにしている。
 友人たちは「ほんと? ありがとう」と可愛らしく照れながら返事をした。

「ねえ、乾」

 本当に不二には頭が上がらない。不二大明神様。この神社で祀ってもらう?

「ん? ああ、そうだね。きれいな浴衣だ」

 このちょっとズレた返事ですよ。そういうところだぞ乾。好き。
 それから七人の大所帯でゾロゾロと出店を回る。

「佐波、佐波」

「どうした菊丸」

「佐波が売ってる」

「おいおい誰が見返り美人だ?」

「バイキンマン」

「誰の作画がやなせたかしだって?」
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