ヤキギョウザ
この間は『餡』が敗因だった。
今回は反省を生かして、これでもかというほどの醤油と中華スープ、砂糖と塩コショウを入れた。それこそ隣で覗いていた乾が声を上げるほど。白菜も塩をふってきっちり水気を切ったし、棚の隅にあった干ししいたけもめんどくさがらずに水でもどした。にんにくもしょうがも明日のことを考えずにたっぷり。
これでパーフェクト!
「で、焼くのは俺の役目なんだな」
「ここで失敗したら悔しいから」
君に任せておけば安心だ! と笑いかけると、優しい恋人は長い脚の先の大きな足で私のつま先を踏んだ。大して力は込められていないけれど、そこそこ痛い。それでも「現金なやつだ」と微笑む唇がかわいくて、幸せを噛み締めてしまう。
キッチンで二人肩を並べて包んだそれは、乾がきっちりばっちり、ぱりっとジューシーな羽根つき餃子に焼き上げてくれた。やり方さえきちんと押さえていれば、乾は料理に向いていると思う。不遜ながら、ちゃんと面倒を見る私がいれば。
ごま油のいい匂いが、換気扇に吸い込まれていく。
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「いただきます」
メニューは焼き餃子と白いご飯。のみ! 申し訳程度にきゃべつの千切りも添えてみた。千切りというか、百切りというか――精密な作業は得意ではない。乾に任せればよかった。
私と乾は保護者が留守がちなもの同士、こうして日曜日のお昼ごはんを食べることがある。これで多分、十回目くらいだ。発端は忘れてしまったが、用事がなければ一緒に作ったり食べに行ったり、お湯を沸かしたりした。
本日の開催地は乾の家だ。ちゃっかり私のお茶碗とお箸を置いてもらっている。私の家にも乾のものが。仲良し。
乾はきっちり手を合わせてから、――ぱく。大きめの餃子なのにぺろりと一口だ。
普段はあまり口を大きく開かない乾の、思ったより大きく開く口。ちょっとドキドキしてしまう。
「? うまいよ」
いつまでも見ていたかったが、不思議そうに首を傾げられてしまい慌てて箸をすすめる。
口いっぱいに広がる中華味。ラー油は人類の叡智だ。これはご飯が進んで仕方ない。追いかけるように白米をかっこむと、向かいで乾もお茶碗を傾けていた。そんななんでもないことが嬉しかった。
私はにやける頬を隠すように、コップに手を伸ばす。冷えた麦茶が、焼き立ての餃子と炊きたてのご飯で熱くなった喉に心地いい。
「美味しいね」
「ああ」
乾は食事中、あまり話さない。黙々と、それでいて嬉しそうに、美味しそうに食べる。
彼は一口一口が大きい。箸の持ち方がちゃんとしてる。姿勢がいい。好き嫌いが少ない。なにより、食べ終わったお皿が綺麗だ。料理の作り甲斐がある人だと思う。
「おかわり?」
「ん、ありがとう」
差し出された瀬戸物のお茶碗は、乾が持っているとわからないけれど結構大きい。私のお茶碗の1.5倍くらいはある。いっぱい食べる君が好き。
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「ごちそうさまでした」
山ほど焼いたはずの餃子もきっちり食べ尽くして食事終了。食べた量は、乾8:私2くらい。
部屋はすっかり餃子臭くなってしまった。換気扇だけでは追いつかない。乾が窓を開けると、クーラーで冷えていた部屋に夏の熱気と蝉しぐれが一気に侵入してきた。
「美味しかったー! けど、にんにくやばいね。明日大丈夫かな」
少しでもダラダラしてしまったら億劫になるので、皿洗いは迅速に行う。
乾が洗って、私が拭く係だ。まるで初々しい新婚夫婦! そうでなければ父と子。
「にんにくの匂いの元はアリシンという栄養素で、体内に入ってからすぐに血液と結合して全身に行き渡る。だから肺から匂いがあがりやすいんだ」
乾が知識を披露する時の、得意げな横顔が好きだ。
「なるほど」
「本当はにんにくと一緒に、緑茶を飲むとよかったんだけど」
柔らかくて凛々しくて茶目っ気のある話し方と、低い声が好きだ。
「乾の家は麦茶派なんだね」
「夏だからね。予防はもう諦めるとして……りんごのポリフェノールと酵素は、にんにくの匂いを分解してくれるらしいよ」
食器を洗う、大きくて綺麗な手が好きだ。
「ふーん。お皿洗い終わったら、買いに行こうか」
「そうだな」
横から見ると分かる涼やかな眦が好きだ。なんかもう全部好き。
フライパンやボウルは作っている最中に洗っていたので、二人分の洗い物はすぐに終わった。
棚に閉まって、さて出かけよう。
「あっつ……!」
と思ったけれど、真っ昼間の炎天下は一握りの勇気を握りつぶす。セミうるせえ。
「ほら、頑張ろう」
床にへたり込んだ私に――フローリングは冷たくて気持ちがいい。――乾は優しく手を差し出した。彼はこう見えてバリバリの体育会系なので、夏の暑さには慣れっこなのだ。
私だって、マネージャーとして夏とは親しんできたつもりだけれど。
「もう三十分くらい後にしようよ……今が一番暑いって」
太陽は「貴方なんて知りません」という顔でギラギラと照りつけている。むごい話だ。
私は眉間に皺を寄せて、乾の大きなてのひらに手を重ねて涼を取る。取れない。彼はいつだって涼し気な顔をしてはいるが、スポーツマンなので体温が高い。好きだ。暑い。
渋い顔をする私に、乾はしょうがないなというようにため息をついた。それから壁にかかった時計を眺めながら、「一時半。三十分後が一番暑いよ」と言った。
「まだ暑くなるのー?」
「なるな。ちなみに一番涼しくなるのは六時頃だ」
「じゃあ、六時……」
「かや」
乾は業を煮やしたように力強く私の腕を引いて、ぐっと抱き寄せた。
一気に間近になる体温に心臓が跳ねる暇もなく、「あと四時間半もキス出来ないんだぞ」。
喉の奥から、「ひえ」と出したことのない声が出た。多分この声もにんにく臭を纏っているので、さっさとリンゴを買いに行こうと思う。
だから、その、離して……。
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