初挑戦4

 可愛い仔猫ちゃんのドジと言っても、乾は特別不器用なわけでも大雑把なわけでもない。
 ただものすごくレシピ通りにしようとする割に、突然「これにレバーを入れたら、もっと簡単に栄養が取れるんじゃないかな」とのたまうのだ。そして味見もしないで味付けをする。
 ……料理下手は三つのAがあるといいます。1、アレンジ。2、味見をしない。3は忘れた。

 更に乾は、一つのことに集中すると他のことが目に入らなくなってしまう。並行作業の多い料理は、これはもう苦手になるだろうと思わざるをえない。しかし当の本人は随分と楽しそうな様子で――。
 可愛いから許しちゃうし付き合っちゃう!

「それにも限度があるよ! ちょっと待って、いい加減にしろ乾!」

 流石に火をかけたばかりの油に、レバーを丸のままぶち込むのはどうだろうか。乾の可愛さだけでは、世界の摂理は変わらない。

「え?」「あ!」

 まずい。あまりにあんまりな出来事に、口調が素になってしまった。慌てて「じゃなくて、乾くん。レバーは切って調味料に漬け込もう。油は……170度まであげないと」と誤魔化すように笑う。

「ごめん、そうだったね。あと俺のことは、呼び捨てでいいよ」

 誤魔化されなかったかーーー!
 冷や汗がすごいし胃がキリキリする。嘘だろ。折角今まで猫被って頑張ってきたのに。
 泣きそうになりながら乾の顔を見ると、予想よりもずっと柔らかな笑みを浮かべていた。

「佐波さん。他の友だちと話すときと俺と話すとき、ちょっと雰囲気が違うよね」

 バレてた!? ていうか計画通り!? 策士!?

「だからもっと仲良くなれたみたいで、嬉しい」

 今か、今なのか!? 今ですよね! 今だ!

「そ、それは……私が、乾くんといると緊張しちゃって……えっと……」

「佐波さん……?」

 私の頭は混乱しきっている。なんで乾はレシピ見ておいてそれを思い切り無視するのか。なんで私は今まで大丈夫だったのにうっかり素がでてしまったのか。なんで、乾はそれさえ嬉しそうに笑ってくれるのか。なんで、なんで。
 握った手に汗が滲む。心臓はバクバクと、大型トラックのエンジンのようだ。顔が熱い。泣きそうだ。心のなかでならいくらでも言えるのに。

「私、乾くんのことが! す、す――すっごい煙でてる!」

「え! あ! 本当だ!」

 台所爆発が今!?
 中華鍋に熱された油が、ものすごい勢いで煙を上げている。やばい! 慌てて火を止めて、換気扇の風圧を上げた。

「……びっくりした」

「……ごめん」

「佐波さんのせいじゃないよ! 火傷とかしなかった?」

「大丈夫……ごめんね」

 今日の教訓:料理中にワンチャン狙おうとしては絶対にダメ!
 猛省します。



 などとまあ色々ありつつ――他所様の家を燃やしかけて色々で流すのもどうかと思うが――、お昼の時間を目前にして、無事にミネストローネ、レバニラ炒め、きんぴらは完成した。
 改めて思う。なんだこのメニュー。

「すごい量できちゃったね」

「そう、だね」

 そして思う。なんだこの量。確実にニ人前以上ある。目測、五人前だ。なんで?
 「レシピ写すときに間違えちゃったみたいだ」と乾は申し訳なさそうにするが、私の方こそ料理しているときに気づくべきだ。なんだこの量。
 お皿に盛り付けてみても、やっぱりものすごい量だ。レバニラ炒めは、大皿に溢れんばかりに乗っかっている。しかもスープはまだ鍋に倍以上残っていた。なんで?
 しばし二人で呆然としてから、諦めて実食。味は、乾の手料理と言うだけで私にとって百点満点中百億点。美味しい!
 しかし乾はどうだろうか。彼の様子を密かに伺ってみる。もぐもぐと箸をすすめる姿は、勘違いじゃなければどこか楽しそうだ。楽しんでくれたなら、よかった。

「美味しいね」

「うん。佐波さんのおかげだ」

「味付けは乾くんだよ。それに、私だけだったらこんなに丁寧に材料切ってないや」

「じゃあ二人で作ったから、だね」

 は、初めての共同作業……! 結婚か?
 結局、残ったのはスープが二人前ほど。中学一年生の男の子というのは、こんなにも食べるのか。私はすっかり空になったお皿を見つめ、感嘆の息を零す。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

 かなりバタバタしてしまったが、楽しい楽しい、幸せな日曜日となった。



 後片付けをして駅まで送ってもらい、今や電車の中なのだが。

 ――なったじゃねえよなったじゃ!!!! えー!! わー!! あー!?

 結局「乾」と呼ぶ機会もなく、「好き」と伝えることも出来ず、なんだか有耶無耶なままお腹だけがいっぱいだ。なんだこれ!
 失態を思い出して、後悔と羞恥に頭を抱える。電車酔いなんてしている暇がない。
 勢い余って告白しかけてしまったが、どう考えても付き合えるビジョンが浮かばない。
 仲はいい。仲はいい、けれど、多分それだけだ。 

 ようやく友だちにまでなれたのに、焦ってこの関係を崩したくない。
 ――乙女だな私……。というか、フラれたら生きていけない。死んでしまう。
 そして今日のことを覚えていると、きっと死にたくなってしまうので都合のいいところだけ覚えておいて他は忘れよう。前世の私が学んだ処世術が、役に立つときがきた。
 都合の悪いことは忘れる。悩むのは後回し。そうしなければ、己の迂闊さと付き合ってなんかいられない。
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