初挑戦3
手土産も持った。服には皺も埃もついていない。髪はさっき駅のトイレで確認した。リップも塗った。
――よし!
「おはよう、乾くん。ごめんね、待たせたかな?」
「おはよう、佐波さん。俺もいま来たところだよ」
っあーーーー……ッ! こんなん百パーセントデート。
駅を出てすぐの公園で、AM10:00に待ち合わせ。今日は日曜日、彼氏の家にはじめてお邪魔する!
いやもう、付き合ってるでしょ。
「じゃあ、行こうか」
全然そんな雰囲気じゃないけど……。押したらいけるのか!?
乾の感情は、どうもあの分厚い眼鏡に阻まれてわからない。
それにしても、朝日に照らされた乾の笑顔は今日も百点満点。ボーダーのポロシャツに紺色のズボン。真っ白のスニーカー。あどけない。初めて見る私服は、予想通りというかなんというか。
休日の駅前には人通りが多いけれどその雑踏の中でも、乾はひときわ輝いている。足長ーい。
聴いて下さい、佐波かやで『6月の妖精』。
「……」
「どうしたの?」
並んで歩きだそうとしたところ、ふと乾が立ち止まる。それから少し口ごもって、「いや、いつも制服で会うから。なんだか雰囲気違うなって」。
これは、もしかして――。
「かわいいね、その服」
聴いて下さい、佐波かやで『不二くん本当にありがとう!』。
明るい色のキュロットスカートとデニムのシャツ。不二と相談して、その後友だちに写真を送りまくった。そうして悩んだ末決めた今日の服装は、どうやら彼のお眼鏡に叶ったようだ。
ありがとう不二、ありがとう友だち。今度菓子折りでも贈ります。
「ありがとう。乾くんの私服っていうのも、なんだか新鮮だな」
テンション上がってきた。
乾のお家は閑静な住宅街の瀟洒な一軒家だった。もうピッタリ。とってもお似合いですお客様!
ご両親がお仕事でお留守なのは、先に聞いていた。だから、二人っきりになる心の準備は、準備は――。
「オレンジジュースでよかったかな」
「オレンジジュース大好き」
出来るか!! 乾の家の乾の部屋は当たり前だけれど乾の私物と乾の匂いでいっぱいだ。気が狂いそう!
差し出されたグラスを受け取るときに、触れる指先。情報よりも片付いた乾の部屋。どこか気恥ずかしそうにする私服の乾。むーーーりーーーーー!! こんなの、こんなの生殺しじゃないかーーーー!
「とりあえず今日は、これを作ってみたいんだけど」
目の前にいるクラスメイトが野獣だと露知らず、乾は屈託なく笑ってテーブルにノートを開いた。レシピを書き写したそれは、やっぱり当たり前だけれど乾の筆跡で書かれている。
空間が乾で溢れている!
「ミネストローネと、きんぴら。それとレバニラ炒めかあ」
すごい食べ合わせだな。ちょっと冷静になる。
まあご飯がとても進みそうでいいと思いますよ私は、はい。
「できるかな?」
乾が望むのならこの身を差し出して、人体錬成もしてみせよう。
少し心配そうに小首を傾げる姿の愛らしさといったら、もう! それは! もう! な!
……一旦落ち着こう。このままだとルドルフ偵察のときの二の舞いだ。
「大丈夫、だと思う。頑張ろうね」
出来るだけ頼りがいがあるように、拳を握ってみせる。乾は「よかった」と花が咲くように笑顔になった。
前々から思っていたけれど、乾貞治は美少年なのでは?
それから一緒に手順と材料の確認をする。足りないものは特になかったので、いよいよ調理開始だ。
とりあえずミネストローネから作り始めることにした。失敗するのが怖いので、同時に他のものを作るのはやめておく。
「まず野菜を一センチ角に切っていくんだね」
やばい、いきなり難関だ。一センチがどんなもんなのかわからない。
そこですかさず、乾が定規を取り出した。いやーん、仕事ができる男ー!
「一センチ、角……」
「待って待って待って」
まさか全部定規で測って切っていくとは思わないじゃないか。予想通りにいかない男、乾貞治。好きです。
急な制止に、乾はほよっと口を開く。か、かわいさがすごい……ッ!
「大体でいいんだよ。とりあえず同じ大きさになればいいんだから」
「そっか。佐波さんがいてくれて助かるな」
おいおい仔猫ちゃん、私がウサギだったら鍋に飛び込んでたところだったぞ?
その後もあれやこれや乾のかわいいドジっ子っぷりに振り回されながらも、なんとかスープは完成させることが出来た。よかった。
味見には自信がないので、乾にしてもらうことにする。
「こんな感じかな。どう?」
銀色のスプーンが、乾の薄い唇に触れる。来世は乾家のスプーンに生まれたい。
ちゅっとかわいい音を立てて、スープは彼の喉を通っていった。トマト缶でもいい。
「うん、バッチリだね」
「よかった」
ホッと胸をなでおろすが、次は難関のレバニラ炒めだ。揚げ物だ。……心配だ。主に可愛い仔猫ちゃんのドジが。
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