初挑戦2
乾の家に、乾の家に、乾貞治の家に行く!?
午前最後の授業を受けながら、私は頭を抱える。JohnとAnnaがBenを取り合う英文は、右から左だ。
……ちょっとステップを、飛ばし過ぎじゃないだろうか。このままだと中学卒業を待たずに、離婚調停が始まってしまう。二十歳を越えたらもう共白髪。かと言って、自分からブレーキを踏むなんて馬鹿な真似は出来ない。
大体、まだなんの恋愛要素もないのだ。ステップとしては初段。お友だちからはじめましょう。
――なのに乾の家で二人きり!? 一体何が起こってるんだナンシー! ……よかった。家で晩御飯作ってて、よかった……。
落ち着いたところで、丁度授業を終えるチャイムがなった。クラスの男子の何人かが、弾かれたように購買部へと走っていく。結局Johnたちの三角関係はどう収まったのだろうか。
いやいや、他人の三角関係より自分のニ角関係。線だ。
お昼ご飯を食べながら、友だちに相談しよう――とするも、不二に肩を叩かれた。
「なんでしょうか」
「なにか、面白そうな匂いがしてね」
「こわーい……」
「話なら、聞くよ」
振り返ると、ニッコニコだ。美少女と見まごうばかりの愛らしさだが、私にはひな壇芸人を喜々としていじる司会者に見える。
他人の恋愛話なんか、聞いていて楽しいものだろうか。
中庭にあるベンチに、不二と並んで腰を下ろす。辺りには他にも昼食をとる生徒がおり、教室ほどではないが賑やかである。植えられた紫陽花の見頃は目前だ。
さて、折角不二が話を聞いてくれると言うのだから、一番悩んでいたことを尋ねておくべきだろう。
「今度乾くんの家に行くんだけど、服はどんなものがいいかな」
男の子的にどんな私服がいいんだ!
今までの偵察はずっと制服で済ましてきていた。けれど今回はそうはいかないはずだ。私はメロンパンを齧りながら問うた。
不二は膝の上に乗せたお弁当を、きれいな箸使いで口へと運ぶ。美味しそうなお弁当だ。不二母、嫋やかで優しそうな美人さんだったもんな。料理もさぞやお上手なんだろう。
「家に行くの? 随分と進展してるね」
不二は口の中身を飲み込んで、意外そうに、それでいて嬉しそうに笑った。や、優しい……!
母君が料理上手でも、不二の舌は刺激さえあればなんでもいいんだよな。とか考えてごめんね。
「すごい仲良しでしょ」
私はフフンと自慢げに胸を張ってみせる。そうだ、いまや乾と私は大層仲がいい。仲が、いい。重ね重ね、甘美な響きだ。
「あんまり仲良くなりすぎると、恋愛対象外になっちゃうんじゃない」
「なっちゃうんですか!?」
色恋というのは全然情報を集めていないカテゴリーだ。私が慌ててぐっと顔を寄せると、不二は「冗談だよ」と髪をなびかせた。美少年ムーブ。僕にはとても出来ない。
「洋服かぁ。佐波は、普段どんな服装なの?」
私は元の体勢に戻り、残っていたパンを口に押し込む。
服装か。実は前世も今世も、ファッションにはあまり明るくない。こういうのが好きくらいはあるけれど。
私は自分の持っている服が一体何系なのかも答えられず、少し悩んでから「ふつう」とだけ呟いた。
「ふつうって言われても。うちの姉さんみたいな格好ではないだろうし」
不二の姉、由美子さんは美しい人だ。華やかな人だ。麗しい人だ。可愛らしい人だ。あの人と同じ格好は、ひっくり返っても無理。絶対無理。
不二の困惑ももっともだ。いくら不二周助といえど、男子中学生(一年)になんて面倒な相談をしているのか。しかし、なんと言えばいいんだ。
カ、カジュアル系?
「シャツとか、パーカーとか、ジャージとか」
「あはは、流石にジャージは」
「でもいきなりワンピースとかは、ちょっと気ぃ入りすぎじゃない?」
気合を入れすぎて、引かれてしまったら目も当てられない。
中学生男子の好みなんて、前世の記憶のどこを漁っても出てきやしなかった。楽しくも、乾いた中学校生活だ……。
「乾くんが料理してみたいから、手伝ってくれないかって。それで、お家にお邪魔するんだよ」
そうだ。デートだったら、水族館デートだのおうちデートだのだったら、私だって迷わずに花柄のワンピースとか選べた。でも今回はそうじゃない。
女の子らしい子だったら、なんの気負いもなく可愛らしい服を選べるんだろうか。
「別にスカートでも大丈夫だと思うけど。確かにそれなら、動きやすい格好の方がいいかもね」
「小学生男子みたいな格好はまずいよね」
「小学生男子みたいな格好?」
「Tシャツにハーパン、スニーカー」
素地が前世より大分よくなったので、ある程度選ぶ服の幅は広がったけれど――未だになんの用事もない休日は小学生男子ファッションだ。スカートを履くのには、なかなかの気合を要する。
「なるほどね。僕だったら、ちょっとがっかりするかな」
「女の子っぽくありつつ、動きやすい格好?」
「難しそうだけど、そういうのがいいと思うよ」
「真摯な対応ありがとう。参考にさせてもらいます」
「どうして、時々敬語になるんだ?」
不二に感謝。
その後もいくつか気になっていたことを、昼休み一杯話し合う。やっぱり大して面白い話はできなかったが、不二は気を害することなく丁寧に相談に乗ってくれた。中学一年生にして、人が出来ている。
「テニプリのキャラだということを差し引いても、仲良くなれてよかったな」と小学生の作文のような言葉が浮かんだ。
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