スパイ活動2

 バスに揺られてたどり着いた聖ルドルフの校舎は、新設校だけあってそれはもうどこもかしこもピカピカだった。
 私と乾は感嘆の息をもらす。それから守衛さんに挨拶をして、中へと入っていく。
 さすがに中等部から特待生を呼ぶだけあって、どこからも活気のある声が聞こえた。

「すごいね」「そうだね」

 そんななんでもない会話を噛み締めながら、テニスコートへと向かう。
 私の心臓は、再び速度を上げていく。聖ルドルフだ。聖ルドルフ、だ。
 前世の私がとくに憧れていた王子様は、三人いた。一人目は、今隣を歩く乾貞治。もう一人は氷帝学園の忍足侑士。そしてもう一人は――。

「次、赤澤!」

「はい!」

 赤澤吉朗(土に口)。好きです。

「佐波さん!?」

 急に膝から崩れ落ちた私を、とっさに乾が支えてくれる。ダブルパンチ。佐波死すべし慈悲はない。乾は無慈悲な夜の女王。何を言っているんだ私は。

「大丈夫?」

「はい、元気です」

 あどけねえ……!
 健康的に焼けた肌は滑らかで、つり目がちの無邪気な瞳はもはや子猫ちゃんじゃないか。記憶よりも短い髪の毛は風に踊る。汗をキラキラさせながらコートを駆け回る姿は、子猫か、そうでなければチョコレートの妖精だ。
 私の腰に回された、乾の長く白い手とは対象的だ。 

「でも目が……」

「ご、ごめん。やっぱりちょっと酔ったのかな」

「どっか座ろうか」

「ううん、大丈夫。思ったより人数が少ないんだね」

 必死に思考を切り替える。
 それでも目線は彼を追ってしまう。ああ、かわいい……。なんだあのかわいさ。先輩に褒められたのか、赤澤吉朗は歯を見せて無邪気に笑った。真っ白な八重歯がまぶしい。
 そりゃ先輩も可愛がるだろう。可愛いし、一生懸命だし、明るいし。いや、かわいいなまじで!

「佐波さん?」

「ん、ん!?」

「……この学校はまだ全然情報がないんだけど、知っている人がいるの?」

 挙動不審な私を伺うように小首をかしげ、乾は不思議そうに言う。
 まだ成長段階とはいえ、彼の身長は私より随分と高い。いつもは座って話しているので、こうやって見上げると中学一年生でも男の子なのだなと胸が高鳴った。

「いや、その……私の好きなアイドルに似た人がいて! ごめんね、ミーハーで」

 誤魔化すように笑う。乾は納得したように「そっか」と少し口角を上げた。かわいいに挟まれて私もかわいくなれそうだ。無理。
 それから乾は私の視線を追って、赤澤吉朗の横顔に目をやる。

「ふうん」

 うの形で尖る唇がかわいい。ひよこちゃんかな?

「ああいうタイプが好きなんだ」

 そうつぶやく口調はノートに記すデータを取っているようで、なんだかくすぐったくなる。いつか彼のノートに私のページが出来る日が来るのだろうか。来たら死んじゃう。

 しかし好みのタイプか。好みのタイプは、金髪で体格がよくて強くて偉そうなおっさん。属性だけで言うなら平等院さんが好みどストレートだ。そう思うと、忍足侑士や赤澤吉朗は好みというより萌えの感情の方が強いのかもしれない。

「うーん、どうかな。乾くんはどんな女の子が好きなの?」

 「そうだな」。悩む間も、乾はいつの間にか取り出したノートに、聖ルドルフのメンバーの特徴や練習内容を書き記している。真面目。好き。乾貞治は恋愛的に好きです。結婚して欲しい。
 さて白々しく聞いては見たものの、彼の初恋までファンブックで知っている私だ。帰ってくる言葉は、

「落ち着いた、一緒にいて楽しい子かな」

 あれ?

「誰か特定の子がいるわけじゃないけど」

 気恥ずかしそうに早くなる口調が愛らしい。
 なるほど、二年の年月が彼に(年上希望)と素直に言えるように変えたのか。
 重ねていうがなんて素晴らしい成長。本当に今生は素晴らしい。
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