土曜日:笑顔

 かやは俺の幼なじみだ。彼女は最近、すこしだけ笑い方が変わった。

「あれ、買い物?」

 部活を終えて新しいタオルを買おうと駅ビルに入れば、雑貨屋の前で悩ましげに眉をひそめるかやがいた。彼女の手にあるのは、多分貯金箱だろう。カエルの形をしたものと、ブタの形をしたものだ。あいかわらず、おもしろい趣味だ。
 かやはこちらを振り返り、ほころぶように笑った。それから「タカさん」とはずんだ声で俺の名前を呼ぶ。その顔も声も以前と変わらないように見えるのに、やっぱりどこか違うように思えた。悪い変化ではない、はずだ。

「あのねー、プレゼント用のお金貯めるために貯金箱探してるんだけど」

 どっちがいいかな。と手にしたカエルとブタをさしだす。かやはそうやって悩むことさえ楽しいというように、眉をハの字にしながらも口元をゆるませていた。
 ああ、そうか。最近の彼女はいつ顔を合わせても機嫌がいいのだ。中学に上がる前までの彼女は、一日中つまらなさそうにしていたことも少なくなかった。しかし、ここのところはそれがない。ならば毎日を楽しんでいる彼女の笑顔が変わるのは当然のことだ。変な言い方だけれど、笑い方が上手になったということだろう。

「どうしたの?」

 考え込んでいた俺の顔を、かやは不思議そうに見上げた。慌てて、他のお店は見てみたのかと言葉を返す。どうやらまだだったようで、俺たちは連れ立ってエレベーターへ向かった。次のお店に向かう途中も、彼女はまだ先程の二つを悩んでいるようで気もそぞろといった様子だ。
 そのさまがほほえましくて、つい笑ってしまう。かやは「なんだよ」とこちらを睨む。それもすぐに、自分でもおかしくなったのか笑顔に変わった。

 目的のお店はかわいらしい色づかいのものばかり置いてあって、さすがに入るのがためらわれた。けれどまっすぐに貯金箱の置いてある棚に向かった幼なじみがこちらに手招きをするので、なんとなく申し訳なくなりながら足を踏み入れる。ちいさなちいさなクマやウサギは、俺なんかが触ったら壊れてしまうのではないかと不安さえ覚える。
 かやはさっそくゾウの貯金箱とウシの貯金箱を手に取っていた。さっきのもそうだが、絶妙にかわいくない。本物っぽさとアニメっぽさのすわりが悪いというか……。

「タカさん、どっちがかわいいかな?」

 かわいらしさを求めてそれを選んだのか。俺は言葉に困ってしまう。
 困惑する俺からまた貯金箱に目を戻して、かやは「牛のほうが、目がつぶら――」と再び悩みはじめた。つぶらだろうか。
 
「ねえかや……いや、その、なにをプレゼントするの?」

「肉」

 なんで?
 それなりに付き合いは長いけれど、この返答には首を傾げてしまう。

「贔屓のトラでも出来たの?」

「贔屓のトラは……出来てないかなー」

 友人へのプレゼントとしては、少し変化球だ。貯金までするということは、相当の値段のものだろう。……キロ単位?
 やっぱりトラか、でなければライオンではないだろうか。俺のあまり豊かとは言えない想像力ではそれが限界だった。

「なんでか、食べさせてやらなくちゃと思うんだよ。シャトーブリアン」

「しゃとーぶりあん」

「タカさんかわいい。青学に十点」

「じゅってん」

 ――もしかしたら変わったのは笑顔だけではないのだろうか。けれど楽しそうにウシとにらめっこをするかやを見ると、これからも彼女がこうやって毎日を過ごせればいいと思った。
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