ネタバラシ

(同居してる乾と)


「実は私は、人生二周目で前世の記憶があるんだよ。子ども百人と石油王を三人救ったら、君と出会えた」

 ソファに深く腰掛けたかやは、床に座っている乾の背中に足を押し当て言った。
 携帯ゲームに勤しみながらの、片手間の言葉だ。栄養学の本に目を落とす同居人は、ゆらゆらと揺れてその足を押し返そうとする。

「知らなかっただろ」

 日曜日の昼過ぎ。冬とは言え、アパートの窓からは暖かな日が差し込んでいる。穏やかな休日だ。そんな中突然落とされた告白に、乾は「つまりお前は、それくらい今幸せで、それくらい俺のことが好きだって言いたいんだな」とやわらかな声で応えた。

 少しの沈黙が、二人の間をゆっくりと通っていく。ベランダにシジュウカラが舞い降りた。それは小さなクチバシで、プランターの赤い実をつつく。

「………――そうだよ!」

 それが通りすぎていった瞬間、乾の広い背中には語尾荒く吐き捨てられた言葉と、足蹴が叩きつけられた。二度三度と続く攻撃に、彼は声を上げて笑う。
 かやは「バーカバーカ」と歯を食いしばるような笑顔を作っている。それから手にしていた携帯をポイと投げて、まだ震えている恋人の肩に腕を回した。

「君は、私に、もっと興味を持て」

「あまり一々聞かれるのも、めんどくさいんだろ」

 「それくらい知ってるよ」と振り返った乾は、眼鏡越しの上目遣いで恋人を見た。

「それじゃあ、前世から君のことが好きだったのは知ってたか?」

「珍しいロマンチストぶりだな」

 常ではありえないことばかり言い始めた恋人の頬に手を添えて、乾は無理矢理に視線を合わせる。
 かやは自分を見つめる切れ長で真っ黒な瞳に、出会って十年も経つというのに未だ慣れなかった。その度に心臓は高鳴り、どうしようもなく彼のことが好きだと実感する。

「ああ、もう二時か。少し遅いけど、なにか食べに行こうか」

 この、独特なテンポも。

「そうだね。ってなに。空腹だとロマンを語るっていうデータでもあるの?」

「今取れた」

「なるほど」

 二人はくっついていた体を離して、すみやかに立ち上がる。それから互いのコートを手に取って、なににしよう、どこにいこう、などと言葉を交わしながら、玄関へと向かう。その間に何度も肩や足がぶつかった。

「乾でかい。場所とりすぎ」

 かやはくすくすと笑いながら、ブーツに足を入れる。「引っ越すなら廊下の広いところ探そうね」そう言いながらと振り返ると、かやの唇にそっとやわらかなものが触れた。

「俺も幸せだし、お前のことが好きだよ」

 身長差のせいで覆いかぶさるようにしながら、乾は声をひそめて囁く。それからすぐに「さあ、行こうか」とドアノブに手をかけた。外の冷たい空気が、かやの火照る頬を撫でる。
 さっさと歩き始めてしまう男を追いながら、「耳赤いよ」と女は忌々しげに言った。

「佐波もね。お前の照れた顔を見るのは、これが初めてだ」

「……二回目だよ。データ馬鹿」

本当か嘘かなんてどうでもいいことがあると知った。ただ何を思っての言葉なのか。そんな曖昧なものに目を凝らす日々は、ゆるやかに流れていく。
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