木曜日:好きな人
かやちゃんはともだちだ。彼女には、好きな人がいるらしい。
「ねえ、さっき不二くんと何を話してたの?」
たまたま同じ時間に部活を終え、私たち四人は、はじめて一緒に帰ることになった。
辺りは薄暗く、四月頭のこの時間はまだどこか肌寒い。
自然と並んだ私たちの体は距離を縮め、そこからナイショ話のように声をひそめた。
「仲いいよね」
ナイショ話と言えば、恋の話だ。
かやちゃんの好きな人はまだ教えてもらっていないが、不二くんなんじゃないかと当たりをつけている。学校が始まってすぐに噂になるくらい、二人はとても仲がいい。それをりっちゃん達に伝えると、「どうかな」と話し合いになった。
りっちゃんの予想では菊丸くん。みいちゃんは同じ部活で見ていて確信した!と河村くん。
「筋トレばっかりしてると女性ホルモンが減るだろうからって、優しくしてもらった」
当の本人は、優しくされた女の子の顔としては、表情があまりに苦々しい。
私たちは楽しくなって、またくすくすと笑い合う。
かやちゃんはどちらかと言うと大人っぽいタイプに見える。クラスメイトとわいわい騒ぐでもなく、それでいてクラスで浮いているというわけでもなかったので、私は話しかけるまで、彼女のことを落ち着いた、クールな子なんだと思っていた。
「あーわかるーみたいな態度やめてよ」
仲良くなると、そんなことないとすぐにわかるけれど。
「そんなことないよ」とりっちゃんが言っても、かやちゃんは疑うように口をへの字にした。それから不満そうに苦笑いを浮かべて、「私だって、不二の男性ホルモン量が心配だ」とぶつぶつ呟く。その姿は、ちょっとクールとは程遠い。
「……ゆうちゃん、笑いすぎ」
手で口元を隠していたのに、三つ編みを軽く引っ張られた。
「ごめんごめん。ねえ、本当に好きな人って、不二くんじゃないの?」
「菊丸くんだよねえ」
「河村くんでしょ!」
三方から詰め寄られて、かやちゃんの目があからさまに泳ぐ。
何度もはぐらかされてしまったが、今日こそは逃さない。
「私たちのこと、信じられないの?」
私は少し傷付いたような顔をしてみせる。ちょっと卑怯な手かなとも思うが、気になってしょうがないのだから仕方ない。それに、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ淋しい。まだ話すようになってそれほど時間は経っていないけれど、私はかやちゃんのことが好きだし、他の二人だって同じ気持ちだと思う。
ダメ押しのように、「誰にも言わないよ」とみいちゃんが真剣な顔で言った。
「信じてないわけじゃないけど、ないけど、」
かやちゃんはぐっと困った顔をする。声は段々小さくなっていき、「ないけど、改まると、恥ずかしいね」という頃には本当に囁くような響きだった。
「……乙女だ! 乙女だ!」
りっちゃんが両手を顎下にやってキャッキャとはしゃぐ。
「ほら! そういう風に言うだろー! もー!」
そんな風に怒りながら、「やーい乙女ー」とはやしたてるみいちゃんの肩を、かやちゃんは軽く小突いた。
からかわれたくなかったら、早く言うしかないよ?
私のなにか言いたげな視線に気付いたのか、かやちゃんはううと唸っている。その目は、流されなかったか。と語っていた。甘いな。
「ほら、駅ついちゃうよ」
私がそう急かすと、かやちゃんは観念したように、さっきよりも小さな声で「乾、くん」と言った。
「え」
正直ダークホースだ。
「私こっちだから、じゃあね!」
かやちゃんはスカートをひるがえして、駅のホームへと走っていった。言い逃げだ。
「乾くんか」
「乾くんねえ」
「乾くんだったんだ」
その後姿を見送りながら、私たちは思い思い乾くんの印象を上げた。「背が高い」だとか「男友達が多い」からはじまって、「ちょっと地味じゃない」とか「あんまり二人が話してるとこみたことない」とか「テニス部でも……手塚くんと不二くんがすごすぎるからねえ」とか。
ごめん、乾くん。
[ 14/41 ][*prev] [next#][
back to top ]