水曜日:ヒミツ

 佐波は隣の席の女の子だ。あいつは、なにかヒミツを隠していると思う。

「おっはよー!」

 佐波はいつも随分と早くに学校に来ている。朝に強そうには見えないけど、一度として俺より後に教室へ入ってきたことはない。

「おはよう、菊丸くん」

 そう言って笑う顔は、多分よそ行きだ。
 演技をしてるわけでも、取り繕ってるわけでも、緊張しているわけでもないと思うが、こいつはこうやって笑って『何か』を隠してしまう。女の子って、そういうものなんだろうか。

「相変わらず早いねー。眠くないの?」

「授業中いびきかいてたらごめん」

「おい」

 最初は、俺のことが好きなのかと思っていた。自意識過剰だとは思わないでほしい。それくらい、こいつは嬉しそうにこちらを見てくる。それに、何度か助けてあげたし。
 でもそれが勘違いなのはすぐに分かった。不二と話す時も、乾と話す時も、こないだ見かけたけど三組の河村と話す時も、佐波はこういう嬉しそうな、幸せそうな目をしている。

「……佐波ってさあ、好きなやつとかいないの?」

 面食い、なのかな。なんて。
 よくわからないけど男友達であれなら、こいつは好きなやつにどんな顔を見せるんだろう。

「菊丸くんまで不二みたいなこと言い出すのやめてね」

「言わない言わない。で、どうなの?」

 ぐいっと身を乗り出して、更に追求する。佐波は横目で俺を見て、それから「内緒にしてくれる?」と真剣な顔をする。やっぱりいるんだ!
 「うんうんするする!」と何度も頷くが、佐波はたっぷりと勿体つけてからふいとそっぽを向いてしまった。

「誰にも言わないってー!」

「菊丸くんも教えてくれたらいいよ」

「えー! 俺いないもん」

 頬を膨らませて抗議をしても、「じゃあ言わない」と笑顔でかわされてしまう。なんだかその顔が俺をからかう時の姉ちゃんに似てて、けっこう面白くない。

「佐波のケチっ」

「ケチで結構コケコッコー」

「……なにそれ」

 余裕に満ちた佐波の顔が、一瞬さっと青ざめた。

「菊丸くんて結構ドライだよね」

「ねえ、なにそれ」

「やめて。ごめんて。ジェネレーションギャップジェネレーションギャップ」

「同い年だろー!」

「同い年だよぉ」

 やっぱり、こいつは変だ。

「もうしーらない。佐波なんか一人で悩んで転べばいいんだ」

「そんなこと言わないでよ」

 でも折角隣の席って縁もあったし、なんか面白いし、きっと笑えるだろうから恋愛相談くらいには乗ってやろうと思ったのに。
 俺って、あんまり信用されてないのかな。

「一年間は、よろしくしてくれるんでしょ?」

 そうやって、捨てられたパンダみたいな顔で見てくるのは、ずるいと思う。
 いつもは妙にすかしてるくせに。いっつも余裕そうな顔で笑ってるくせに。悩み事なんか聞いてやっても話してくれないくせに。

「頼りにしてるよ、菊丸くん」

「……しょうがないなー!」

 いいよ。いつか全部話してくれるくらい、面倒見てやるから。

「で、結局誰が好きなの?」

「もうちょっと待って」

「パンダって、目つき悪いよな」

「なんで私を見ながら言うのかな」
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