月曜日:弟

佐波はクラスメイトだ。彼女の目は、弟に似ている。

「マネージャーにしたんだ」

 正しくは、僕を見る彼女の目は、僕を見る時の弟の目に似ている。
 入部届に青いシャープペンを走らせる佐波の顔を覗き込むと、やっぱり弟に、裕太によく似た目で僕を見た。憧れと純粋な好意、それとちょっぴりの不満と対抗心。

「僕がいるから?」

「思ってた以上に、思ってたより思いもよらない男だな」

 怒ったような笑ったような顔をして、佐波は書き終えた用紙を机にしまった。
 朝の、しかも月曜日の教室は、あくびと気だるげな挨拶が飛び交っている。そのうちの一つが耳に届いたのか、彼女も思い出したように「おはよう」と言った。
 僕もよくマイペースだと言われるが、佐波のテンポも大分独特だと思う。

「おはよう。でも何度も言ってるけど、僕は君のこと、恋愛対象として見れないから……ごめんね」

 前と同じように笑いながらそう言えば、やはり彼女も「しつこいな不二」と笑った。
 
「君のその自信はなんなんだ」

「だって好きだろ? 僕のこと。そこまで鈍感じゃないよ」

 他の女の子にはこんな口を利けない。なんの罪悪感もなく好意をからかったり、もてあそぶような人でなしな真似は出来ない。
 それでも、「不二って好きな子は虐めるタイプ?」なんて質問に、今もいじめている子(いじめているつもりはないけれど。裕太にもよく怒られてしまう。)に向かって「好きな子には優しくするよ。当然だろ」と軽く答えられてしまうのだから。
 まだ一週間にも満たない関係だけれど、特別と言ってもいいのかもしれない。

「……だろうね」

 なにせ彼女の僕を見る、弟のそれに似た目は、僕を特別視している。恋愛的に好きな相手とか、アイドルに向ける目というより、本当に、特別なものを見るような目。なにに由来するものかはわからないけれど、誰かの『特別』なものになるのは、そう悪い気はしない。
 どうしてその『特別』が恋愛感情として受け取らずに済んだかと言えば、正しく恋愛対象として『特別』な相手に彼女が向ける視線を、僕は知っているからだ。
 どうして噂にならないのか不思議になるほど露骨な、乾へと向けられる佐波の視線。それは本当に愛おしげで、とろけるような甘さと絡みついたら離れないだろう粘着さを持ち合わせている。もう、あれが恋でなければ、なにがそうなのかわからなくなってしまう。

 だからこそ、僕は安心して彼女と軽口が言い合えた。
 何度からかわれても楽しそうな佐波は、「不二ってそういうとこ要領よさそう」とまた声を上げて笑った。

「来年、弟もここに入学してくるんだ。君に会わせてみたいな。テニス部にも入ると思うから、会うと思うけど」

 二人が会ったらどうなるんだろう。僕への不満で話が盛り上がったりするんだろうか。それを邪魔するのも、きっと楽しいはずだ。
 似たような目が二つ並んでこちらを見る光景を想像すると、なんだか面白くなってきた。そんな、気分のいい僕を、佐波は訝しげに見つめて、「ご家族にご紹介って。やっぱり、私のこと好きなんじゃないの?」だって。
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