植物園

 テニス部マネージャーになる!と言い切れないのは私の欲望のせいだ。中学校というのは随分と早くに終わるもので、持て余す時間が長ければ長いほど欲望は膨らみ続ける。

 煙草、吸いたいなあ。

 それでも彼に、乾に相応しいお姫様になれなくても友達にはなりたくて、気分転換に植物園へと足を伸ばす。
 私の住むマンションの近くには、小さいながらも中々凝った作りの温室がある。しかも時期になれば薔薇の花も咲き乱れた。都会の田舎ではあるが、なかなかにいい環境だ。

 ガラス張りの温室は大分暖かくなってきた外よりもっと暖かい。人影は殆ど無く、どれだけゆっくり回っても二十分もあれば十分な大きさだ。それでもつやつやした緑の葉、嗅ぎ慣れない甘い花の匂いや鮮やかな色、見上げても足りないほど高い木を堪能するのは楽しい。
 二周目に向かおうとすると入り口の自動ドアが開いた。不二周助だ。
 佐波も歩けば王子様に当たる。

「……やあ、佐波さん」

 ちょっと時間がかかったとしても、名前が出るだけ上等だ。むしろ覚えられているとは思わなかった。

「こんにちは。学校ぶりだね」

「こんにちは。ここにはよく来るの?」

 並んで歩きながらポツポツと会話をする。不二はゆっくりと当たりを見渡している。手にはカメラを持っていた。

「家が近いから時々。不二くんは?」

 タビビトノキと書かれた木の前で立ち止まり、不二はシャッターを切る。確かサボテン集めと写真が趣味、だったはずなのでさもありなん。

「ここにくるのははじめてだよ。うちからは少し歩くから。でも小さいけど、いいところだね」

 それにしても綺麗な横顔だ。柔らかく微笑む顔は、美少女と言ってもいいほど可愛らしい。女の子がキャーキャー言うのも頷ける。

「好きな場所だから、そう言ってもらえるとなんか嬉しいよ」

 計算されたように咲く色とりどりの花と豊かな緑は、不二に随分と似合っている。絵になる少年だ。コングラチュレーション。心のなかで拍手を送る。

「不二くんは写真が好きなの? 植物が好きなの?」

「どっちも好きだよ。特にサボテンが好きでね」

「部活もそういうのに?」

「いや、まだ悩んでるんだ」

「それじゃあ一緒だね」

 そんな他愛もない話をして、(一青学ファンとしてこの時点でテニス部入部を決めていない不二周助の心境には非常に興味があったけれど、そこをつっこんで聞けるほど私の心臓は頑強ではない。)二三周したところで私は温室を後にした。

「また明日」





 そして明日。今日。
 黒板には古風かな、相合傘が書いてあった。刻まれた名前は私と不二だ。

「……」

 言葉を失う私に、クラスメイトはひそひそとなにやら言い合っていたり、にやにやと嫌な笑いを浮かべている。つまり現場の空気は最悪です。まいった。
 消したものか放っといたものか悩んでいると、ガラリと教室のドアが開く。タイミングはあらゆる意味でバッチリ、不二だ。もってるなあ、と他人事のように思う。
 視線が、一斉に不二に集まる。
 彼は面食らったように、瞳を開いて視線を黒板に向けた。そしてすぐに心得たようで、いつもの笑顔に戻る。

 ひとまず私の硬直も治った。黒板消しを取りにいこうと一歩踏み出した瞬間、「おはよう」と涼やかな声がする。またもや不二だ。
 「おはよう」と私が言い返すよりも早く――、

「ごめん。僕、君のこと別に好きじゃないかな」

 フラれた。

「う、うん」

 申し訳ないけど不本意だ!
 私の気も知らず、不二は「消しておくね」と落書きを消してくれた。最善策だろう。もうこの上ないほどパーフェクトなタイミングでの断言だ。それでもスマン。不本意だ!
 さきほどまで遠巻きになってひそひそと話していた女子たちが、私を取り囲んで「大丈夫? 不二くんて意外とキツいから」「気にしないほうがいいよ」と慰めてくれる。
 不二周助は天才だ。きっとこうなることを見越しての先の発言だったろう。お互いに恋愛感情はないのだから、本当に満点のセリフだ。文句のつけようがない。しかし、不本意だ。

「どうしたのー、かやちゃん」

 機嫌を損ねた私を、一通り終わった後にやってきたりっちゃんたちは心配そうな目でみてきた。
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