灼熱の太陽が沈んだ後のエジプトは、昼間とは違いぐっと気温が下がる。変わりに、0時を超えた今でも街からは賑やかな喧騒が届き、館の窓を叩いた。
そんな人の気配も届かない地下のプレイルーム。ビリヤード台をテーブル代わりにして、二人の男女がカードゲームに興じていた。椅子に座ることもなく、一人はビリヤード台により掛かるように身を倒し、もう一人は行儀悪く台の上に腰掛けている。
「私からね」
女が一枚、カードを伏せた。質のいいトランプがしなる時特有の音がする。
「次は、あなたの番だよ。ダニエル」
二人の関係は一般的な言葉を使えば同僚ということになるのだろう。信仰から、権力から、金銭から、理由は様々あるが、同じくしてDIOの配下になった。
館に集められたスタンド使いは十一人と一匹。その数も減っていき――、
「君とこうやって勝負をするのも、これが最後になるかもしれないんだな」
夜が明ければ、彼はここを出て行く。
「一回も勝負なんかしたことないじゃない。何も賭けてない」
「では賭けよう。なにがいい?」
「あなたは、怖くないの?」
「その答えを、賭けの報酬にしようか」
誰も表情を読むことが出来ない男は、なにがとは聞かない。
ダニエルは慣れた手つきでカードを重ねる。直ぐに、ナマエもその上に重ねた。
「なんでもいいけど。そっちはどうするの。あんまりキツいのはやめてよね」
「そうだな。終わるまでに決めておこう」
重ねる。
重なる。
重ね、重なる。
女は手札から目を離さず、男は女から目を離さない。
「コインになるのはごめんだ」
「ああ、君なら特別だ」
「どういう意味?」
「意味なんかない。勝っても負けてもね」
「ふうん」
七回目のナマエの手順。数字は一巡した。
「私は、怖いよ」
言葉の代わりに、トランプを伏せた指先が震える。
「わたしは……ああ、このゲームが終わってから答えるんだったか」
「怖くて、怖くて仕方ない」
ビリヤード台のきしむ音。ダニエルがそこから降りて、手を伸ばしたからだ。
伸ばした先は、台の上に置かれたままだったキュー・スティック。館の当主の趣味で選ばれた、美しく装飾されたそれの先端で、男は女の顎をすくった。
「らしくないことを」
薄暗がりの中、時代錯誤なランプに照らされたナマエの顔を見て、ダニエルは微かに笑う。
「……二重のフェイクは、バレやすい」
その挑発的な瞳のどこが恐怖に震える淑女だと言うのか。しかし怯えを隠し切るには、その目は雄弁すぎた。
「ちぇ」
不満気に唇を尖らせる女を後目に、男は喉を鳴らしながらキューを手放す。ナマエの年不相応な幼気な表情は、トランプ越しでないと拝めない。
何度目になるかわからない暇潰し。
賭け事で命のやり取りをするのが常であるダニエルにとって、ほんの児戯にも満たない行為だ。
「わたしを騙そうとするなら、もう少しうまくやるべきだ」
刺激もスリルもなく、あるのは、カードと同じだけ重なっていく女と自分の声。
「私はギャンブラー向きじゃないんだよ」
「何に向いているのやら」
「わかんないまま、今ここにいるわけだけどさ」
あなたが負けたら分かるよ。そう告げる声はいやに冷ややかで、ダニエルの唇がすっと釣り上がった。
「俺は、あなたのことが好きだ」
ダニエルの手札からまた一枚、カードが捨てられる。
「ダウト」
山札に完全に重なるよりも早く、ナマエの言葉が真っ直ぐと男を射抜いた。
「ねえ、」
ダニエルの笑みが消える。
「このゲームって二人でやってもつまらないよ。自分の手札で分かっちゃうもの」
言いながらナマエは、場に出されたばかりのトランプを捲る。
開かれたのは、
「同意しかねるな」
END