穴開きアナーキー


ぼとり。
床に落ちたのは首でも涙でもなく大粒の汗だ、これは。あまりに長く身動ぎすら出来ないでいたから脳が信号の出し方をすっかり忘れてしまっている。視界に入るものも全然変わらない。網膜に焼き付くどころか焦げそうで。

「早く」

急かされる。

「やれよ」

そんなこと云われても。

「なぁ」

ねだる西は俺の目に腕しか映っていなかった。得も知れぬ圧力が頭に乗っかって上げられない。どうしよう。だって抵抗しないなんて思わなかったのに。

「そんなの世の常だろ」
「西は」
「つーかさ、なったことあんの?お前が。思った通りに」
「怖くないの」
「ないよ」
「なん、で」
「だってお前だもん」

だからさぁ早く早く。俺はこうして止まってる間に時間が全部流してくれればとさっきからずっと願っている。そうはいかないと西が煽る様に捲し立てる。それが遠くに遣るのは死んだ者だけだと。罪悪感だけだと。平気な顔で殺しをする奴の何が正しいというのか。

「嫌いなんでしょお?無差別に」
「…………」
「楽しかったぜ、人の頭の」
「やめろよ!」
「弾けるのは」

西の言葉で弾けたのは寧ろ頭の中だった、いつの間にか俺は真っ直ぐ顔を見ることが出来ている。西は人が嫌悪を抱く様な態度を良く心得ていた。自分自身が人を好いていないからだと思う。嫌い、とは、余計なことを知ってしまったということだ。俺だって知りたくなかった。だけどもう、公になって俺どころか誰もが敵だとみなしている。犯罪者。ぼとり。床に零れたのは首でも汗でもなく涙だ、これは。

「こういうことに私情を挟むな」
「うるっ、さ、い」
「ってこないだ観たドラマで云ってた」
「お前が」
「何」
「な、んでもない」

お前がドラマなんて観るのって、それ俺も観たよって、云いたかった。つい最近みたいにどうでも良いことを話してあしらわれたかった。もう遅い。もう遅かった、今や俺は西が沢山の人を殺して平気な顔をしているのを知っている。西は俺が、そのことを何より憎んでると思ってる。間違ってない。つまりはそうと知っている。

「なぁ寒気しねぇ?」
「!」
「はは、今やっとかなきゃあまた俺のスーツ元通りだぜ」
「西」
「…………」
「西、にし、なぁ、なんで」
「理由が欲しいの。ないよ」
「にしぃ……」
「だから早く裁けよ。いい加減な大人に任せないで自分で考えろ」
「いやだ、西」
「お前が全部、正しいよ」
「いや、だ、ぁ!」

俺のスーツは壊れてなかった。なのに手に持った金属が重くて、あぁ今構えなきゃ良かったと張り上げた声の割に意外と冷静な脳内。たった一つだけ整理された答え。俺は西がすきだ。だからだからだからねぇ解れよ、出来ないって。

「腹を括れ。大したことない」
「……あるよ」
「高を括れ。それでも無理なら」
「……無理なら?」
「首を括れ」

はははなんて笑って結局他人事だと思って。でも確かに西にとっては他人事だ。俺が決めるんだから。解ったよ。今となって西に誰も何も出来ないなら、俺が正義だ。

「……お前が裁かれたいだけだ」
「勝手に決めんな、バーカ」
「全部正しいんだろ」
「そういう意味じゃねぇ」
「罪悪感、持ってるなんて。お前『良い奴』なんだな西」
「やめろ、そういう」
「じゃあね偽善者」

間抜けな執行音。
床に跳ねたのは涙でも汗でもなく


(110108)

アナーキー…無政府状態。

ラストミッション~カタス辺り
ヤンデレ桜井はきっと愛<正義





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