うるわしき世界


「いるか?」

いるいる、と自分で答える様に確認する少年のやや高い声が長方形の空洞一つの中、響いた。赤いベクトルは白を跳ね返って少年の目に飛び込んでくる。壁ですら世界の終わりを覚って色を吸収することをやめていた。唯一総てを受け入れる黒が、黒の球体が、伽藍堂の中心に座っていた。

「そんな所に入ってねぇでさ、」

少年は入ってきた窓をその侭にし球体に手を着ける。肌色ではないそれをやはり何もかもを溶かす黒が、滑らかな繊維が包んでいる。

「見てみろ。お前が時間をかけて染めた人の血の色だ」

なぁガンツ。光源の解らない赤が少年の左頬から鼻までを爛々と照らしていた。眺めの良いマンションの一室。太陽があるなら丁度、目線を同じくさせていた筈だ。そう思いながら少年は窓をぴしゃりと閉めた。良い様に風に撫でられていた顔が少し熱を持つ。緩やかな緊張と興奮を迎えているのが解った。しかし心だけは酷く落ち着いている。悲愴さえ感じていた。

「……お前は、この日の為に俺を生かしたんだろ」

ガンツ。
そう呼ばれた球体は何も云わずに機能している。少年は目をきゅうと細めた。誰もいない部屋。穏やかな時間。煩う存在のない空間。体重を預ける。見渡す。普段、夜の薄い闇と煌々とした白蛍光で内外を区別していた部屋とは思えなかった。陰と射光の綯い交ぜになった混沌が優しかった。暗きを語源としたクロの対極はシロではなく明きを語源としたアカである。だから多分、この部屋はこれが、本来の姿なのだと少年はうすぼんやりと思っていた。とりとめのない思考を弄んでは口に出し、振動として具現化した少年の気持ちが統べからく黒に吸い込まれる。

「なぁ」

「何で俺はあの時、ここに連れて来られたんだ──なんて自意識過剰な質問しねぇけどさ」

「何で」

「何でお前」



「ママを選んでくれなかったの」



誰もいない部屋、煩うもののない空間で滑る様に出たのは少年が球体のことを知れば知る程聞きたかった疑問だった。肝心なことを何一つ教えてくれない。愛する母の生きる価値にはなれなかった少年と球体が価値を見出ださなかった少年の母。球体に、生きる価値を強いられた少年。それですら気紛れの産物で完全な循環にはならないのだ。だから少年は少年を自分の一番にしたのだ。関心を持たなくなった総ては、今この足許にある。崩れた物の、壊れた者の、堆く積み上げられた破片が少年と球体の下できらめいている。赤く、何よりも黒くあることだろう。
明く、何よりも暗く。

「……ん、何でもね。何でもないからそろそろ開けろ」

こつ、と滑らかな繊維の下の爪が球体を叩く。安い金属音。四角に切り取られた表面が開く。つるんとしたその卵から男が産まれる。嬰児の格好をした成人の身体。

「よくきたね」
「聴こえてた癖に」
「何かするかい」
「何が出来んの」
「出来る範囲なら」
「冗談。取り敢えず他のヤツから俺への干渉遮断」
「わかった」

スキャンするからね。もう一度男は殻に籠る。ちりり、と音がして少年の脳天が消えていく。鈍重な読み込み時間を持て余した少年の瞳は先程窓で閉じ込めた世界を映す。鳥の鳴く声、ビルから羽撃いた空、綺麗な赤、胎内の記憶の様な赤、襲い来る黒、命を持つ黒。少年だけの、麗しき世界だ。


(101229)


特に云うことがない
ガンツと西くん。かけてはいない





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