ハロウィン特設


オンリートリート


「木乃伊みたい」

そうして今日何度目かの包帯を西は腕に巻いた。西、で良いのだろうか。腰まで届きそうな髪。鋤けばまた胸に鮮明な熱が走る。

「あともうちょっと」

嬉しそうに笑う顔。静かに歪む。俺はそれが見たかった。綺麗で綺麗で、でもどうしようもなく嫌な気持ちになった。理由なく受けて良い傷などない、それでも最初は“この”西には何か、あるのだと思った。空っぽなんかではないと。壊れてなんかいないと思いたかった。すらりと伸びた腕は細長くその先端が持つナイフとそっくりだった。そうして今日何度目かの傷を西は腕に刻む。

「痛いだろ」
「別に」
「嘘だ。血を流してるんだから」
「お前こそ。痛いでしょ」
「別に」
「嘘だ。涙を流してるんだから」

云われるまで気付かなかった頬の体温は確かに遣る瀬なさに高揚していた。唇が塩の味だ。ばかなやつ、とだけ最後に云うと西は伸ばした左肘裏側の少し手前で右手を横に引いた。新しい出口にぷつぷつと血が逃げ出していく。そんなものがもう手首からずらりと並んでいた。既に両足には赤と白のストライプが交互に出来ていた。さっきからもう何度、傷を付けては包帯を巻いているのだろう。滲んだ赤。薄汚れた白。西は空っぽだった。周りを巡る血管だけが途切れた経路で迷っている。

「これで何本?」
「二十四だ」
「そうか、じゃあこっちもだな」
「……もう」
「こっち来い」
「やめにしないか」
「来て」

俺が動かなければ良い話だ。逃げれば良い話だ。目を伏せれば、頭を振れば、いっそ罵ってやれば。出来ない。偽善者と呼ばれるのも仕方がなかった。こんな時俺の英雄はどうするのだろうと、頭の片隅でぼんやり思った。掻き消す様な鋭痛。胸に鮮明な熱がきりりと走る。そうして今日何度目かの文字を、西は俺に刻む。下を向くと小さなOの字が新しい赤で咲いていた。






「──出来た」
「……そうか」

あれから西は自分にもう四本、俺にもう二文字付け足し、やがてまた俺の欲しかった笑顔を見せた。満足そうに綻ばせたそれは今までで一番綺麗で綺麗で、俺はもう嫌な気持ちを持つことはなかった。

「ありがと」

さら、と、西の長い髪が揺れた。端の美しく持ち上がった唇が表情ごと力なく崩れて俺の胸に倒れ込む。失血によるものだと思う、よく今まで耐えていたと思う。倒れる訳にはいかなかったんだと、思う。西の足下には西がいた。西、で良いんだろうか。うなじで止まった髪。冷たくて動かない。白くて綺麗な顔をして、さっきまで俺と動いていた西と同じ顔をして、安らかに眠っている。黒い球体から解放されて母親の夢を見ているに違いなかった。俺は胸に抱えた髪の長い西を隣に寝かせてやろうと下を向くと、小さい文字が鮮やかな赤で咲いていた。

Two J's gravepost

二つのJの──二人の、Jの。
そうだ、この子は西で良かった。西が死んでから西は空っぽになったのだ。思うものは尽く壊死し、液化し流れ落ち、とっくに乾いていたのだ。そして俺は元から、見届ける為に必要とされていた。この薄暗い部屋は墓だった。二人の西の、俺は墓標だった。でも、

「……ごめんなあ」

理由なく迎えて良い死などないと俺は床に落ちていた自分のシャツを裂いてきつくきつく、もう一度長い髪が数本貼り付いた血液の出口を塞ぐ。偽善者。俺をそう呼ぶ声はない。


(101031)

ミイラ…乾燥させ長期間原型を留めた永久死体。布を幾重にも巻くイメージは古代エジプトが発祥。

相互不可欠な西♂と西♀







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -