さする


ぐったりと死んだ様に動かない、なんて比喩でも云いたくなかったが持ってる語彙が少ない俺にはどうしようもなかった。今日は秋晴れが爽やかな風を纏う小春日和、このコハルビヨリだって本来秋のことを指すんだと西から教わったのはつい最近だ。まあその西が、ぐったりと死んだ様に動かない訳なんだけれども。

「どうしたんだろうなぁ」
「畜生痛ェ」
「便秘か」
「次云ったら殺すかんな」
「水飲むか」
「……いい。いらない」

幅も厚さもない腹が原因不明の鈍痛に怯えてゆっくりゆっくり呼吸する。横たわった西はベルトを緩めて、ジッパーも下ろして、だけどちゃんと中に入れてたシャツが下着を隠して俺はなんだか複雑な気持ちだった。いやでも温めた方が良いんだからもしそうじゃなかったとしても俺がそうするんだろうな。絶対そうだ。思っておく。

「胃潰瘍とかだったらどうする」
「ガンツ待ってりゃ良い話だろ」
「それもそうか」
「加藤」
「なんだ」
「……やっぱ水、要る」

どっちだよ。いつになく弱々しい態度といつにも増した強がりに文句も苦笑いで何の抗議にもならなくて、腰を上げると他人の家の匂いがした。世話の行き届いた花。俺んちが使ったことのない柔軟剤。一世帯の思い出。台所や食器の使い勝手が解らなくて初めて俺は西の家に上がらせて貰ったことに気付いた。鋭く光るシンク。使っていそうなコップは一つしかなかった。母親がいないことも父親がもうずっと帰って来ないことも聞いている。西は一人で花に水を遣り洗濯をして、それから食器を片付けるのだ。どうせ解らないのを良いことに俺の幼い家族とだぶらせた。歩には俺がいて、だから俺は生きる。生きようと思う。
なら西は?西には誰が?

「ほら」
「遅いんだよ。……お前な」
「どうしたんだ」
「なんで水道水なんだよ」
「水だろう」
「冷蔵庫に入ってただろうが」
「あ、見てなかった」
「ったくお里が知れるぜ貧乏人」
「でも飲むんじゃねえか」
「……カルキ臭ェ」
「悪かったよ」

やっぱりゆっくり上体を起こして西は静かに水かさを減らしていく。嚥下で淀みなく動く喉に安心する。見てんじゃねえよと云われてからやっと訳もなく気恥ずかしくなった。ごめんと一体何に謝ってるのか解らない謝罪を聞き流しながら腹痛の割りに一気に飲み干すとまた横になる。加藤。今度はなんだよ王様。

「さすって」

全然直んねーちくしょう絶対水道水の所為だどうしてくれんだよ加藤ったくだからお前は加藤なんだよだから、俺の痛いとこ、さすっとけ。頭が残念ながら少なくともこの中坊より悪い俺に今のロジックは全く解らなかったが、西がして欲しいことは何となく解る。いつにも増した命令のいつになくささやかな要求。親に代わった孤独で強い家主の、変わらない子どもじみた弱さだ。俺の左手は我ながらおずおずと胃の辺りに置かれた西の右手に取って替わる。手を退けた時の決まり悪そうな顔も、深い呼吸の上下に合わせて撫でていくと眉間の皺が少し緩んだ。一層大きく息を吸って、吐いて、目を伏せた時の長い睫毛。

「懐かしいなあ」
「弟にやってあげてたってか」
「いいや、俺がやって貰ってた。母さんに」
「……いちいち五月蝿いんだよ」
「悪い」
「許さない。俺寝るから」
「寝とけ寝とけ」
「お前はずっとこれ、やってろ」
「いいよ」

俺がすんなり受け入れた理不尽に一瞬だけ驚いて、それでも西は西だから直ぐに微睡んだ。二人分の呼吸とさする度聴こえる衣擦れ、秒針、遠くで規律良く落ちる雫、階下の子どもの声々。色々拾う耳から目へ意識を戻すと西はもう耐える痛みを忘れた様な顔をしていた。歩には俺がいる。西にも俺がいれば良い、なんて、少し自惚れたくなる午後五時の夕さり。


(101023)


ハッピバースデりささん!
加藤がいると西が弱る





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