「一緒に住もうか」

***
玄野は一度大きなくしゃみをしてから俺の下にある布団に入った。わざとらしい奴。掛け布団の薄さはあんまり変わらないと思ったもののマットレスと高さがない分格段に下の方が寒そうだった。人を招ける環境じゃないのに何で呼んだんだよ。別に同情乞食の素振りなんて微塵も見せた覚えはないし先ず俺はそんなタイプじゃないし寧ろ軽蔑する部類だし何より玄野はそれを知っている。

(お前も此処、お前以外いなかった癖に)

俺をだしに使ってんじゃねえよ。壁に向き直す。背中が冷えるのは何処も同じだ。

「おやすみ」
「……おやすみ」

ただ挨拶なんて面倒な習慣が一つ、増えた。


***
一緒に暮らす上で必要なのはライフサイクルの調整で、単なるルームシェアの関係ならこれより簡単だったのかも知れないが如何せんワンルームアパートでルームシェアで相手が西なんざ俺はあっという間に風呂場がリビングだ。お互い力任せに決めて一番目に見える相互変化があったのはやはり食生活だった。なんせそれまで二人とも自炊の能力と活用が全く見合ってない不精者と云うことが判明、朝昼は仕方がないとして夕飯はせめてきちんと食べることに決めた。

『中華系』
『ニラ、豆腐1、挽き肉300、鶏ガラの素とかいうやつ、豆板醤、あとなんかサラダ用の野菜』
『養鶏場行けばいいの』
『間違えた鶏ガラスープの素』
『また麻婆豆腐かよ韮やだ葱買う』
『いいよ。卵ももうねえわ』
『了解』

五時までに西が食いたいものをメールで要求、俺が作り方調べて材料返信、西が買い物、俺が作るという何ともウエイトの偏ったローカルルールが出来てしまったが下校時刻が幾らか早い中学生の西丈一郎くんは段々風呂掃除をやっておいてくれる様になって、元一人暮らしとしてはそれだけで大きかった。よっぽど「お手伝いする良い子」だったんだろう。そう云えばあいつ母親は。

「…………」

早く帰ろう、西が待ってる。太陽が背中を押してくるとはよく云ったもんだ。俺の真正面に立って肩を押し返すばかりだった。


***
相も変わらず押しの弱い残念な玄野は今夜も冷気が沈澱する中で意識を無理矢理捨てようとしている。俺と同衾してるのは持参した時計だけで、長針短針五分おきの目盛りが緑色に薄く光っていた。時刻一時半五分前。俺が観たこともないバラエティーを玄野は毎週観てるんだと云っては二、三番組俺を付き合わせた。人生においてこれ程無意義な時間もなかったが芸人の月並みな、時間も手伝ってかやや下品な話術に素直に笑った玄野の顔は悪くなかった。好きそうだもんな、そういうの。隣との温度差に気付いた奴の、慌てた先週放送分の解説は正直何だかよく解らなかったけれど。

「おやすみ」
「……なァ」
「なん」
「寒い」
「!……布団、もうないけど」
「…………」
「……そっち。行ってい?」

***
俺と西が朝一緒にいる僅かな時間でやっているのは大体いつも血の匂いがするニュースのコーナーばっかりで、知らない国の爆煙からすぐ近所の一軒家のブルーシートまでがカーテンを開けて薄く入る朝日に反射しながら毎日品を替えて並んでいた。昨日の西の話は微塵も出て来ずに、新聞にすら載っていなかった。でも世界にはそんなものの方が圧倒的に多く溢れてるんだろう。より人の悲しみが、怒りが、多い方が選ばれるんだ。ワンフォアオールしかない。逆なんかない。

「行ってきます」

それでもいいや。俺にはこの行ってきますとただいまとおかえりがあれば別に後は、どうでも。

「行ってらっしゃい」






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