西が親指の爪を噛んでいたら小さな小さな痛みが走った。ささくれた皮膚も一緒に齧ったのだろう、確かめる様に人差し指の先で指の腹を押すと境に沿って血がゆったり滲んでいく。舌を当ててちゅ、と音がするまで吸うと鉄とはまた別のあまり人間には良くない味がした。

「なに幼児退行してんの」

安く薄いドアの音が狭い部屋に響いて一回り大きな足が覗く。まだ水分を含んでいない髪が淡い色の壁と壁の水滴で反射した光を集めていつもより明るい、と西は少しの間それを見つめた。すっかり冷たくなった椅子に驚いた後玄野が目線に気付いて聞く。どうよ入浴剤、たまにはと思って買ってみたんだけど。

「泡出過ぎ。苦い」
「まーまー……いや食うなよ、泡をよ」
「お前の精液と同じ味がする」
「口ん中出したのは謝るって」
「つうか血、出た」
「何処」
「ここ」

差し出したのはやはり右手で一瞬晒された爪と肉の間の傷口からやがて絶え間なく赤が溢れ出る。なぁんだと云った玄野は首を伸ばして目を閉じて休みなく、その指を咥えた。玄野が同じく腹を甘噛むことで追い出した苦味を舌で掬うと焦れったい痛みとも云えない鈍い感覚が西の指先で遊ぶ。弾けた泡が二つ三つ、味がしなくなったのを確認した口が指から離れて歯を見せずに笑った。

「俺も入ろ」



「狭い」
「知ってる」

脚を曲げて組み合って座ったところでお互いの膝が水面ぎりぎりで浮いたり沈んだり、それも割れない泡で隠れてしまうから行き場のない視線を敢えて相手の顔に充てている。洗ってやるよ。玄野が先に口を開いて薄い色のざらざらしたタオルでもう一つ質の違う泡を作った。左手が西の手を取り右手がその先を滑る。それでも西は、じっと玄野を見ていた。受動的であり奉仕的である光景は一方的にも相互的にも見えた。冷めた液体が首を這ってびくりと漸く、西が自分で動いた。

「感じた」
「てない」
「素直じゃねえの……ほら」







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