恐るべき大人 ※カタス前に出会ってる設定 (きみは大きな希望を持ってこの街を徘徊する)(厭きることなく『何か』を求めて) は、は、と浅い息が続くのをもう幾時となく聴いていた。まだ全然体格の違う身体は常に一定の距離にある。たまに見せる目は拒絶を向かい風に乗せて此方に投げた。ピリと痺れる空気になって顔にあたる。自分の部屋の秘密を守る様な、張りつめた緊張で西は俺から逃げ続けた。 「ん、な」 「何?悪いな、風で聞こえない」 「来んな!」 「悪いな」 規範に反れたら戻すし踏み入れかけたら守ってやるのが大人の義務、と云うよりかは特権であることを西は大人でないからまだ知らない。全き自己の誇大化。それでも良い。 (その希望は社会の是非を問わず夏の青空より眩しく冬の満月よりまっさらだ)(若さが総て清算する、悪いことはない)(何も) 足が止まる。足を止める。三階程のビルと五階程のビルの間、袋小路の陰が終わる所に俺がいて、光の差し込む突き当たりに西がいた。跳んで越えられない高さではない、だけどそうしなかった西。壁に背を向ける西。切れた息を吸い込む度に目が恨めしげに光っている。 「何、で」 「巧く巻けたら教えてやるよ」 「…………」 「俺は神奈川から来たばっかだし地の利はお前にあるんだぞ?」 「っ馬鹿に、」 「ん」 「……ガキ扱いしやがって」 「だって大人だもの」 目を細めて笑えば目を細めて怒る西が見える。知らないことばっかり。知らないことばっかり。焦ってるだろう。なけなしの知識に縋って焦ってるだろう。 「──お前も」 「?」 「早く大人になりたいか」 「はァ?……はは、何だよ。じゃあ聞くけどさ、大人って何」 「子どもじゃないことだ」 「抽象的なもんで納得出来ると思われてんの、俺は。でっかくなったガキと何が違うんだよ、説明しろ」 「……それは」 「考えねえ奴は考えねえし脳味噌空っぽでも振袖スーツ着れば名乗んのが許される、それが大人じゃねえのかよ」 「…………」 「あんたはどうなんだか」 言葉に詰まったのを見逃さない少年と不意を突かれた俺と、セコンドが聞こえてきそうな沈黙。差し詰めカウンターを食らったのは俺か。沸々と沸く感情が胸に溜まって吐き出したい。ぶち撒けたい。 「……俺が思う大人は」 「何だよ」 「子どもに希望を与え見守る」 「は!所詮自分より下を見つけて安心してるだけだ!大層ご立派な理念だ、」 「そしてそれを粉骨砕身全力を注いで叩き潰す者だ」 「な……あ?」 「そうすることで嫌でも学ぶ。お前の云う通り考えて絶望し諦めて大人になる」 夢の破れた同志が増えたことを素直に歓迎し足下の境界線を引き直してやる。初めて子どもは庇護を離れ成長する。西は大人が全員馬鹿か汚い存在だと思っているだろう。どうだ、それと何か違うか。 「お前の云うことも間違ってなんかない、俺こそガキがただ大きくなっただけの奴だった──馬鹿みたいに世の中は変えられるし変わると思った、くだらない奴なんて直ぐ淘汰しようと決めてた」 「…………」 「気付いたら俺の前にあったそいつらとの境界線は後ろにあった。解るか?今度は」 地面を軽く蹴る。中学生の目が追い付けない程度にはスーツの扱い方も服への隠し方も心得ている。一瞬で鼻先まで間合いに入られた西が跳ねた。さっきよりも近い場所で目の輝きが見える。怯えの綺麗な色が見える。 「お前の番だ」 解らなかった訳じゃないだろう?解らなかった訳じゃないだろう。だってお前は俺に似ているかも知れない。似ていたなら、知らない、お前は。自分がどれだけ許されて生きているか。どれだけ夢を持つことを許されているか。西の両腕を掴んで壁に押し付ける。もうお互いの顔総てを見られない程近かった。 「お前、殺してるだろう」 「!何で知っ」 「大人だもの」 「…………」 「どうせ終わる世界は何やったって良いって思ってるだろう」 「今更違うって云いたいのかよ」 「云うよ。云っただろ、お前みたいな子どもの夢を壊すぜ、俺は」 だからさっきからずっとお前を見張ってたんだ。規範に反れたら戻すし踏み入れかけたら守ってやるのが大人の義務、と云うよりかは特権であることを西は大人でないからまだ知らない。全き自己の誇大化。何が悪い。 「やってみろよ」 「やるさ。もしカタストロフィーとか云うのが来ても大勢救って救って救ってやる。ちゃんと云う、お前が描いた世界は来ない」 アァ、愉快だ愉快愉快愉快! 俺は嫉妬している。希望を持ち信じてやまない綺麗な目の前の子どもに。情報に縋りそこから自分の未来をプログラムして手放さない愚かしく無邪気な子どもに。焦ってるだろう。罵りつつも早く大人になりたいか?子どもは大人になれる。だけど大人は子どもに戻れない。さぁ早く来い。 「お前には」 「…………なに」 「今の時期が、とても永遠に感じるんだろう」 俺はいつでも此処にいる。お前の傍で待っている。さぁ早く来い。でもまだ早い。首を傾けて西を見詰めれば気まずそうに逸らした首にキスが出来た。また小さく跳ねる。油断した唇に銀糸を繋ぐ。耳の縁を歯で辿る。戸惑う様な瞳の中に俺が一杯になる。囁く。信じる者に。 「絶望しろ。な」 (だからそれまで目一杯、喜ばせてやる)(悦ばせてやる)(希望を与えて見守って)(いつか消えるその目の光に俺は郷愁と羨望と愛護と興奮を覚えるんだから) (110920) 西→武も良いんだけど武田こそ 西くんを羨ましく思ってたらな |