その程度のからだ


(ん、)
「西」
(ん、んぅ、ぁ)
「にし、なあ」
「んっ……だよ五月蝿ェな」

煽ってんの。
女が男を落とす時は声を鼻に掛けると良いとどっかの巫戯化た評論家がくだらない番組で話してて、それによるとナ行が一番効果的だそうで。こんな時にそんなことを思い出した。だってエヌから始まる。五十音最後尾の文字はだけどどうしたって最初の発音の基礎だった。盛り上がってるのを中断された西が機嫌を損ねて踵で器用に俺の腰を蹴る。骨の浮いた手の甲に形の良い点線と鬱血が出来上がっていた。

「声抑えんなよな」
「俺がアンアン云ってんの聴きたいの玄野は」
「聴きたい」
「バーカ」
「興奮する」
「バーカ。あ、あ、そこ悦い」
「ん……ここ?」
「あっ……ん、あン、いやぁ」

どう考えても途中から茶化し出して半笑いで大袈裟に喘いだ心算だろうけど残念ながら残念な俺の脳味噌にガンガンに響いてからその意図的に甘い声は逆行した様な血の流れに溶けていった。嬉しかったのは俺がこの間観てたAVの女優の声真似を西が覚えててしてくれたこと。雰囲気は大事よ、虚構にだって空しさ以外学ぶことはある。西。ぎく、と肩が跳ねたのは名前を呼ばれたからだけじゃなくてきっと俺の目が座ってる、からだろうなァ自覚はあるよ、ありますよ。墓穴を掘ったのはお前だよ云っとくけど。

「西」
「うん……」
「も、ナ行だよな」
「?」
「いやこっちの話」
「集中しろよ」

西は何度も唇を重ねる。段々深くなる。誤魔化したい時に、本当に口を塞ぎたい時に良く使う手だ。見せる見せないの切なげな顔が卑怯だと思うけど西が小賢しいのは今に始まったことじゃない。脇を抱きながら両の親指だけで漸く上の服を鎖骨までずらして、申し訳程度の胸の飾りに戻って、前回めちゃくちゃに弄ったら本気でぶっ叩かれたから反省して今度はいやらしく撫でてみた。ふるり、小さく震えた後熱い息が俺の唇を撫でる。寄せた眉が気持ちよさそうに緩くなる。見えなくなるのが名残惜しくて今度は俺からキスを一つ、それから愛撫を指から口に替えた。上の歯と下の歯で挟んで舌を当てて口内でだけ音を立てるとみりみり俺の髪の毛が擦れるのが聞こえた。西が強く掴んでいる。

「っ、……なぁ玄野」
「ん」
「それ楽しいの」
「それって」
「俺男だから出ねえぞ」
「気持ちよくない?」
「さっきのが悦い」
「え!えぇ、早く云えよ……」
「かも」
「気ィ遣うなよ、悲しいから」

玄野が好きなのかと思って。まぁ好きでやってるけどさ。気持ちよくなくはないけど、一心不乱に吸ってんの見るとちょっと引く。俺そんな必死なの。上から見ると。そら俺も引くわ、あ、でもさ。

「なんかそれ、赤んぼん時にやってることと関係あんだって」
「ハァ?何でも彼でも結び付けてんじゃねぇよ」
「はいはい、マザコンには刺激の強いお話でちゅね」
「ぶっ殺すぞ」
「いやマジで。産婦人科のばあちゃんがテレビで云ってた」

母乳吸うのって俺たち男に産まれた子どもにはそういう、セックスの練習にもなってんだって。取り敢えずおっぱいを何かすんのは遺伝子に組み込まれてんの、セートクテキなんちゃらってヤツ?来たるべき日にちゃんと相手の身体大事に出来る様にってことらしいけど。

「だぁら俺がやってることに意味なんてなくてだな、西を大事にしてる訳なんだよ」
「胡っ散臭。信じてんなよ」
「ふふん、お前ちっとショック受けてんだろ」
「別に。そもそも意味なんざ最初から最後まで何もねぇだろ」
「淋しいこと云うなよ」
「男はな」
「うん」

女の欠陥品なんだよ、
染色体の遺伝子数的に。

「……そうだな、X?」
「Yだよバーカ。欠陥しかやらない行為なんてどっちみち碌でもないんだぜ、きっと」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「じゃあ今半欠けのYが、お前のYを欲しがってんだな」

じゃあって接続詞になってないだろうが、ごもっともな言葉を適当にうっちゃって遮ってもう一度西の乳首に軽く歯を立てた。自分の手にも俺の口にも間に合わなかった喉がひ、と上擦った声を出してなぁんだしっかり感じてるじゃん。母親に愛された記憶は今一薄いけど練習だけはしっかりさせて貰ったみたいだ。西はどうなんだろう、後でやらせてみようと思う。玄野。ぎく、と肩が跳ねたのは名前を呼ばれたからだけじゃなくて、西が俺の名前最後尾の文字を鼻に掛かった声で発音したからだ。小賢しい。


(110819)


参考:
*ホンマでっか
*携帯ニュースのコラム






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