断末まで教えて


テレビで笑いながら質問に答えているのが同い年だった時みたいな若いのに凄いなァ、に似た感想を持ってしまう僕は少なからず不謹慎で不道徳で詰まるところ僕のことしか考えていないのでしょう。何にせよ自分に出来なかったことが出来る奴にはちょっとした羨望と嫉妬の眼差しを向ける僕たちは等身大の鏡だ。人生が違うから才能が違うから個性だ何だではなく自分に足りないものだけが映る。思春期と名付けられた強い欲と焦燥感にじりじりと支配されて気持ちが悪い。

「すげ、何でこうなってんの」
「西……あんま触んないで」
「触ったらどうなる訳」
「零れる、あ、バカ」

下から数ミリが重力に耐えきれなくなってカップの底に帰っていった。西が差し出した指にも絡まっている。反省するどころかその侭まだ浮遊してる液体に突っ込んで掻き回し始めた。師匠に倣ってホットコーヒーでやれば良かった。

「戻すよ」
「いいよ」

注ぐ時と同じ音で空気が支える力を失っていく。白い肌の存在を素通りして落ちていく。最後の一滴と同時に膝に血が垂れた。師匠に倣ってティッシュ持っとけば良かった。西が箱を弄んでぶらぶらさせながら欲しい?なんて頷けないのを知っていて笑っている。あえ、なんて舌がこんがらがった情けない声を出すと座っていたベッドの隣に西ごとやってきた。

「さっきバカっつったな」
「ほへん」
「どうしようかなァ」
「にひ、やあい、たえてう」
「退かして、手」

覗き込んだ顔が近くて思わず鼻の骨を圧迫した指の力を緩める。手の力を緩める。腕の力を緩める。ゆっくりと今まで身体を通ってたものが温度を持ち逃げして下っているのが解った。上唇の頂点で失速して、後がつかえてると云わんばかりに下唇に落ちた、のを見計らって西がそれを舐める。最小限に口から出た舌は鼻が邪魔して見えなくて、その「見えない」がもどかしくて必死に必死に他のことを考える。驚かないよ、西は血が好きだから。それ位は対等でいたい。

「そ、このさ」
「あ?」
「鼻の下、なんてんだっけ」
「ジンチュウ」
「どう書くの」
「ヒトのナカ」

人中。
何の為にあるか解らなくて、多分何の為にもならないんだとずっと思ってた。それなのに名前がある、まるで人の急所みたいな名前。だとしたら今弱い所を西に支配されて対等も何もない訳で。何も。進化の中であぶれて手付かずの存在は力を持つ前の自分みたいだ。何も持ってないなら。何も出来ないなら。いてもいなくても構わないなら。いたらいたでつらいだけなら。人中と違って幸か不幸か選択する意思があった。縊死は出来なかった。あぁ西、持ってると出来るは違うんだ。社会に決められた在るべきものもするべきことも碌に信じられない今、云う様なことじゃない気がするけど。

(To be or not)
(To do or not)

それでも知りたいと思う僕は少なからず不謹慎で不道徳で詰まるところ僕のことしか考えていないのでしょう。西は僕を押して倒す。それ、俺も使える様になんない?無理だよ師匠に教わらなかったから。つまんねぇの、バレずに何人も殺せるんだぜ……最高じゃんって云ったら、お前怒るだろ、な、なぁ。怒んないよ。嘘吐け怒ってるぜ今。怒んないよ。

「西こそ教えてよ」
「何を」

西は持ってるんだ。
俺に無いものを持ってるんだ。
境界を越える勇気と。
その先に見える景色。
一歩進んだ人にやっと会えた。
会話出来る人とやっと話せた。
同い年なんて悔しいけど。


「自殺ってどんな感じだった」


(110812)


桜井くんに出来なくて
西くんに出来たこと





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