嗚呼、たまらない


愛されたいのです
たったひとりの
たったひとりになれたら

もし なれたら





「西」

いつもニシと呼べば反応を示すこいつは少しだけそのニシであることを休んでいた。珍しく白いシャツを着ていて、薄く防虫剤の匂いがした。引っ張り出してきたんだろう。少し窮屈らしく丸めた身体の色が後ろからはみ出している。

「風邪ひくぞ」
「、」
「何だ?」

小さく口が数回動いては止まる。目は閉じたまま、ぐうとまた身が縮まる。胎児みたいだと思った。ガンツの中の男を横から見ている様だと思った。俺も大概毒されている。大体他人を家に呼んでおいて自分は寝るなんてどういう了見だろうか。制服を着替えると云ったきり部屋に籠もって俺が覗いた時にはもう旅立っていた。草臥れた前髪の中に少し方向を変えた睫毛があるのが見えた。本当は寝ている時位いつも顰めている眉を解放しているのかが見たかったけれども肝心はいつだって完璧に隠れているものだった。残念至極。代わりに色の薄い口が少しだけ緩んでいる。

「……ごめんな、西」
「…………」
「ごめん」

そっと白を捲ると肌色の面積が当然広がって骨盤と肋骨の影がくっきり見えた。その丁度間に我ながら恐る恐る、意識が現実に戻ってこない様注意しながら唇を押し付ける。息を吸えば甘く、離せば淡い赤が生まれた。隣に、もっと上に、増やす。起きるかも知れないと思う程制止が云い訳と対処の非常口に食われていく。頼むからそうなるな、こいつの前で俺はまだ偽善者でいたい。身勝手なのは百も承知で、なのに罵声はいつまでも聞こえない。自分の荒い息しか聞こえない。もしかしたらもう起きているのかも知れない。腹をさする手を上に、その白い服ごとずらしていく。きつさだけが着ている者に代わって抵抗している。無視して届いた胸の半分は俺の片手で覆うことが出来た。指の腹で引っ掻くと肩が跳ねた。もう起きているのかも知れない。それでも構わない。普段偽善に阻まれる分の劣情の種を植える。産まれない筈の赤を作る。臆病な俺を許して欲しかった。自分の唾液に触れる。べたり。我に返りそうになる。

「西」
「…………」
「西、西!」

目覚めてはくれない、ニシと呼んでも反応しない、俺は今誰を愛しているんだろう。上がもう駄目だと解って迷わず下に手を伸ばす。好きだということは、好きにしたいということではない筈だ。ない筈なのに。俺の中のだるい熱が、増長して止められない。





「加藤」
「…………」
「加藤、おい」

何寝てんだよ人の家でと云いそうになったけど元凶は俺だった。何でも良い筈の着替えを今日は何となく決めかねていたら奥の方から久し振りに見る服が出てきた。白は嫌いだったけど加藤が制服の下によく着ているのが目について皮肉の一つ二つ云う為に真似してみた、ら懐かしい匂いがして疲労に直撃したんだった。五分の心算が一時間半だ。気付いたら加藤が俺の腹を抱えて間抜けな寝息を立てている。

「離れねえ、くそ」

半身は起こせたものの馬鹿みたいにでかい図体に縛りつけられちゃ何も出来ない。諦めて馬鹿みたいな寝顔を堪能することにした。長い睫毛の癖に女にはとても見えなくて腹が立つ。広い額は叩きたくなった。駄目だ。五秒で飽きた。安心した様な顔しやがって、銃に手が届けば撃ってやっても良い。

(俺のことすきなのお前)

口に出そうになった。目が覚めたって絶対に聞けない。そんなのは加藤だって本当は解ってない。優しいのが理由で何も出来ないなら俺は所詮周りと同じだ。日頃邪険にしている分ワンオブゼムさえ怪しかった。それが気に入らなくてそうしてるのに。お前は気付かない。俺は譲らない。いつか終わるならそれは加藤が違う誰かのたった一人になった時だ。たった一人を見つけた時だ。それまで俺は。

「それまでの俺は。何なんだ」

俺を抱いた手に手を添えてみる。俺の二倍あるのに指は静かに呆気なく剥離する。温かかった。一番腹が立った。もう一度横になる、時に、肌寒さを覚えて下を向くと服が捲れていた。加藤から解放された所為だと、よく見ると一つだけ。口をつけた痕があった。

「なぁ、縛られんなよ」

ほどいた加藤の指の一本を選ぶ。爪と腹を上の歯と下の歯に挟む。塩辛い味がした。第一関節、第二関節、根元。一つずつ噛みながら少しずつ口の中に入れていった。舌に乗せると加藤の顔が少し歪んだ。加藤、縛られんな。俺以外の誰にも。お前にも。お前の骨を巧く砕けるだろうか、俺の何本かの小さな骨が意気込んで震える。
さあ下顎に力を。





愛されたいのです
たったひとりの
たったひとりになれたら

また なれたら


(110617)


この後西くんに「蚊藤」って
暫く馬鹿にされる九本指君でした





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