夢中にさせてあげる ※GANTZ/NISHIネタ ドキ子ちゃん×西 私こと不肖×××××は何の因果と云うかはたまた因果応報と云うか齢十余の花盛り、今まで嘲笑と侮蔑の対象としてきた異性を恋人として迎え入れなければいけないきわめて数奇で悪夢的な運命に歩みを進めてしまうのだった。恋人。甘美な響き。その裏に隠された身体的な睦み合いをいつか彼の手によって強いられるのだと思うと余りのおぞましさに毛穴の開く毎日。 そんな私の唯一の長所は巧く取り繕うことで、何を隠そう先に述べた結果さえ私が一時的な我が身可愛さに負けて引き寄せたものに他ならない。そして今日も私は誰にも気付かれない様、勿論それは私の立場と名誉と尊厳上、皆に見られるのが恥ずかしいと無難な言葉で告げておきながら彼をこっそり迎えに行くのだった。想いを告げたのが不本意ながらこちら側である以上私は私と彼の立場と名誉と尊厳の為だけに戯けた恋人ごっこに精を尽くすのだ。それなのに。ああそれなのにそれなのに、肝心の元凶である彼はどこ吹く風と意にも介さず 「あ、あの」 「…………」 「私たち、付き合って二週間ですよね」 「そうなの」 「そうですあっ!で!そろそろ西さんち、お邪魔したいなー……なんて」 「…………」 「…………」 「…………」 「……もしもし?」 「来れば」 斯様な体たらくなのだった。しかし愚鈍な私だって何も考えずにこのアプローチを試みたのではない。もとより彼について回る邪悪な噂を暴く為に動いていたから、だからこれは、彼の人間性あるいは道徳心を真っ向かつ真っ当に否定し、離れ、その後は存分に触れ回るなり後ろ指を差すなり自由にそう自由へと解放される絶好機なのだ!火のない所に煙は立たない、必ず何をか白日の元に晒さん!ちらりと隣を見る。既に外気にイクスポーズされた首筋は白くて冷たそうで爬虫類を彷彿とさせた。不気味。 「で」 「はいっ」 「何すんの、俺んちで」 「え」 「親今誰もいないからね」 それはあなたが殺したから?危うく喉から出るところだった。それからその言葉が急に生々しさを帯びてきて私は彼の死角で身震いした。だけど条件が総て揃っているのは向こうもこっちも同じだった。可もなく不可もない服に着替え終わった彼は汚いから駄目と部屋には頑なに通してくれない。いよいよ怪しいと鋭く感づいた私は彼がトイレに立った隙に直ぐ様その扉を開けることを厭わなかった。胸が高鳴るのが解る。 「……何よ」 普通の部屋だ。むしろ普通の部屋より広めの印象は少ない家具がきっと与えている。拍子どころか気まで抜ける程何もない。汚くもない。だけどその嘘が逆に怪しい。ふっと一瞬だけ目に映る不自然。暗くて少し見辛いけれど勉強机の上に置かれた、それだけが雑に置かれた、黒い、服の、様な 「おい」 「!」 「何してんだよ」 「ははは早いですねおてあら」 「嘘だっつのあんた怪しいから」 「…………」 「何するか決めたの」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………もしもし」 「はっすすみませんえっと、そのえっと、あ、そうだ」 テレビ!テレビ観ましょう! 私の馬鹿。 「…………」 「…………」 日も傾いて夕方、たまたま回したチャンネルが映画を流し始めてそろそろ帰るねなんて仕切り直しの選択肢は座ったソファーの中に染み込んで消えていった。実に気まずい。もう何がしたいのか自分でも解らないし彼は一体今何を考えて私の隣にいるのか。仕方ないから自己嫌悪を総て彼の所為へと変換する。元凶なら当然だ。涙出てきた。しかもそんな自分に天罰は突然やってくる。 「…………え、わ」 「…………」 あろうことに洋画だったそれに必須なラブシーンは浅いキスから深いキスへ男の人の手は上から下へ、女の人の声のトーンは下から上へ。テレビでの映画なんて親としか観なかったのとその度にチャンネルを変えていたのが仇で免疫なんてこれっぽちも持ってない。目を伏せる代わりに慌てて横を向いた。その先に心底つまらなそうな彼の横顔があって、だけど私は全然それを信じてない。回そうともしないのを証拠に今何を考えてるか解ったもんじゃない。いざという時の為私はブレザーのポケットの携帯を握り締めた。 「あのさ」 「!」 きた。 「俺、興奮しないから」 「は?」 「女に起たない」 何それ。 じゃあ何に起ってんだよって聞いて録音して明日にでもばらまけば私の勝ち。だけど急にそれを云い出す彼の真意がやっぱり愚鈍なのか私にはさっぱり解らなくてもう少し噛み砕いて貰う。聞いてくれる皆の為にも。 「えっと……精通がまだ」 「はァ?」 「って話じゃないですよね!」 「だから。あんたがもし俺と別れる前提で付き合ってんなら兎も角結婚してセックスして子供作って月並みに幸せになろうとしてんなら無理。諦めて」 あ。 解った。こいつ遠回しに私を拒否してる。私から告白したことで勘違いしてる。結婚?気が早すぎだっつうの、私はついこないだまで、こんなんじゃなくて、恋人ってものだってもっと好きになったり好きになってもらったり手を繋いだりお弁当一緒に食べたりどっちかの家に行って部屋に入れてもらってCDとか本とか意外に合う趣味だねって云ったり良い雰囲気になって静かにキスするとかなんかそういう夢みてて、でもあんた一つも持ってないじゃん。それなのに、ああそれなのにそれなのに、否定されるのがこっちなんて (くやしい) 私の反対側に突き飛ばす。女とはいえ不意を突かれて面白い位に簡単に倒れる。目が吃驚していて愉快だった。これを写メっても良かったかもしれない。ポケットから手を出すと携帯がソファーの下に落ちた。嫌な音がしたけど構わず彼にマウントポジション。 「っつ。てめぇ何、」 「西さ、」 「クッソ……どけ」 「五月蝿い」 丁度さっきのシーンの真逆になってこうなったら意識してるのは多分どっちもで、それを云い訳にしたら西の唇を塞ぐのにも大した抵抗はなかった。漫画のイメージ通りで今度は私が吃驚して、親殺しとか猫殺しとか云われてるけど一応人間なんだと思った。力の入った目を恐る恐る開けると長い睫毛と白い瞼にまた驚いた。にきびがなくて羨ましい。もう戻れないと改めて思う。男の人は次に何をしたんだっけ。 「!?おい!」 「…………」 やめろとか本気かよとか進行形で散々云われるけどこっちだって冗談じゃなかった。お父さんのだって見たことないのに。だからあまり見ないことにした。だからかちゃかちゃじいぃなんて音が余計に生々しく聞こえた。いよいよ西の身体が強張る。それでも力ずくで剥がそうとしない辺り意外とフェミニストだったりして。駄目、これは欠点にならない。 「な」 「…………」 「無理だろ」 「…………」 「俺の何処が良かった訳」 正直何をしたら良いのかも前後不覚な私は取り敢えず触って、撫でて、動かしてみたりした。西は途中から私があの日告白した時の顔でずっと可哀想な私を見ていた。もう無理。全部無理。私の行為がもし気持ちいいことだったとしても西が私を拒否する方が強いのだ。離したその手で西の左頬をひっぱたいた。力が出なくて間抜けな音しかしなかった。 「自惚れてんじゃないわよ西さ……西の癖に」 「……もういいの」 「元々願い下げだっつってんの!あたしはただあんたの気持ち悪い所が見たかっただけなの!あんなの嘘に決まってんでしょ!」 「…………」 「別れる前提に決まってんでしょこの童貞」 「…………」 「最低……」 恥ずかしいと情けないと悔しいが纏めて涙になってぼろぼろ出てきた。何で今まで嘲笑と侮蔑の対象として見てきたこいつにこんな思いさせられなきゃいけないか解んない。全然解んない。死ねばいいのに。ああきっと、噂に振り回されてる私に神様が本当に天罰をくれたんだ。ごめんなさい神様。今すぐ死んでそっちにいけたらいいのに。西は思ったより優しいのかも知れない。涙を拭いすらしないけど起き上がって自分の肩に私の顎を乗っけて見なかったことにしてくれてる。密着する。今までより嫌だと思わない。首筋はやっぱり冷たかった。 「ん」 座りにくい体勢を直したくて腰を上げる、時に、身体の何処かに固い、感触が、 「お前の思ってることとやってること、大分ズレてんのな」 「へ?」 「俄然興味湧いた」 云わなくてもさっきまで触っていた場所だった。お前が初めてだなんて言葉は今全然嬉しくない。顔の輪郭は私と同じ位なのにキモいキモいと馬鹿にしていた目がきゅうと細まって、見たことのない笑顔になって、それが凄くいやらしくて私は見ちゃいけない気持ちになった。でも映画の時みたいに逸らせない。別れるなら全然俺は構わないけど。西が云う。親指が私の唇に触れる。それでいいの?しゅるり、音が一回ずつ両耳の後ろから聞こえた。結わいていた髪が解かれたのを理解して唐突に頬が熱くなる。 「焦ってんなよ」 首に回された侭の腕が私を巻き込んで倒れていく。すっかり骨を抜かれた頭で思った。こいつ、童貞だけど初めてじゃ、多分ない。でもそんなのどうでも良かった。西に吸い込まれる。 覚束ないというよりは追い付いてない意識がソファーの下の光を捕まえる。お母さんからの着信がとんでもないことになってるんだろうなぁと思って放っておいた。お母さんと云えばついさっき、テレビの上の写真立ての中で少し小さい西と綺麗な女の人が笑っているのが見えた。こんな奴が家族なんて到底殺せる訳ないと確信して明日の話題が一つ減ってしまった。どちらにしろ私は私と彼の立場と名誉と尊厳上、今日見たことも聞いたことも何も外には出せない。残念。 「西」 「お前そろそろ帰れば。何」 「もうちょっと付き合ってて」 「……俺の何処が良い訳」 それ以外に私が近付く理由ないの知ってる癖に。 「気持ち悪い所」 (110529) ドキ子スキーさんすみません |