仮初めブラザー


昨夜は眠れなくて今朝は飯が旨くなくて久し振りに夕飯全部吐いてそれでもいつも通り家を出て珍しくママに行ってきますを云うの忘れて上り坂がやたら苦しくていつもより息が整うのが遅くて学校着いて靴箱から出した上履きの画鋲全部昇降口にばらまいて階段上がったら右足の方に一個残ってたのか鈍い痛みに顔が歪んだ、ところで身体が云うこと聞かなかった。いつの間にか廊下にキスしてる俺の頬。床がひんやり気持ち良い。あーあ道の真ん中で邪魔だなまぁここ歩く奴皆くだらねぇ奴だからいいかっつーか誰か助けろよだからマジくだらねぇんだよあぁそうだ俺、ずっと、


(もういい、寝ちまえ)

──貧血だね。はぁ。昨夜はちゃんと寝た?まぁ。今朝はちゃんと食べてきた?さぁ。さぁじゃないよ今は成長期なんだから食べなさいね。すいません。あと少し熱があるね。そうですかじゃあ失礼しました。次の授業は?体育です。休んだ方が良いよ。そうですかじゃあそうします。なんなら帰った方が良いよ。そうですかじゃあそうします。担任が自宅に電話しても繋がらないって云ってたけど。誰もいませんから。仕事先も出てくれないって云ってたけど。今何処も忙しい時期でしょう。そりゃそうか……他に連絡先ないの?ないこともないです。ふうん何処?……兄が。




「いやぁマジ焦った」
「弟が倒れたのが?」

見慣れた景色が速く過ぎていく。チェーンが回る音。前籠に二人分の鞄。黒い視界、背中。下り坂。風。

「だって呼び出されて電話出たら中学校からだろ」
「杞憂で良かったな」
「いや、心配したよ」
「……気ィ遣わなくて良いって」
「なんだ照れてるのか」
「寝言は寝て云え。あ、そこ右」
「あいよ」

加藤の電話番号が浮かんだのは一番空気を読んでアッシーくんになってくれそうだったからで別に深い意味はなかった。ナイス俺の人選眼。話しかけてくんのがちょっと面倒だけど。兎に角今日俺とこいつはそれぞれに異母兄弟が出来てしまった。あぁくそ頭痛ェ。でかい背は額を預けるのにも便利だった。

「お、なんだなんだ」
「別に」
「もうちょい我慢だからな」
「ガキ扱いうぜぇ」
「はは。風、冷えるだろ」

ごめんな。なんでお前が謝んの。額の体温、頬の外気温。

「あ、ちょっと寄っていいか」
「何処に」
「スーパー」
「えぇー」

反論より速く車輪は向きを変えて回る。有無を云わせないめんどくさい所なんかが似てしまったんだろうか、なあ兄貴。室内は間の抜けた音楽が気に障ったけど気温調節はまあまあだった。加藤はピンポイントで買いたいものを籠に突っ込んでレジに向かう。慣れてんなあ庶民。金銭余裕なんかまるでない癖に釣りを募金箱に入れてさえいた。貶す気にもなれない。もういいよお前、一生それをアイデンティティーにして生きろ。寧ろ死ななきゃ治らない。

「おまたせ」
「ガキの夕飯?」
「まぁな」
「生活感滲み出てんな、葱とか」
「あぁ、これはお前の」
「はァ?」
「あとこれ」

がさがさ。ばりばり。ぺりり。
ぺた。

「熱冷まシート」
「……勘弁しろよ」
「よし、行くぞ。乗れ」
「つか今貼るなよ恥ずい剥がす」
「置いてくぞ」

思い切り睨んでも後ろに跨がったら黒い視界に邪魔された。観念して大人しくシートを剥離する、首の後ろに貼り直してメンソールで冷えた箇所をもう一度そこに預ける。色に吸収された熱を拾う。

「台所借りるからな」
「只の貧血なんだからんなに世話焼かなくていいし」
「食ってないんだろ」
「…………」
「胃に良いヤツ作ってやるから」
「何そんな機嫌とってんだよ」
「?なんならお兄ちゃんが眠れるまでいてやるぞ」
「死ね」

額の体温、頬の外気温。さっきより少しだけ冷たく感じるのは顔が熱い所為じゃない。絶対違う。


(もういい、絶対寝てやんない)


(100924)


珍しく清く正しい西くん
加藤は葱にトラウマは
ないのだろうか





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