海が死んだ日

※時をかけるまさる
あとマイナス要素



あのこのハートがゆれてうごく

から



丁度五回目だ。

「何がだよ」
「今日一日でそう云われんのが」

ああ?と小首を傾げて少し考えた後でああ、と西は悟った。悟って笑ってもう一度、偽善者、と俺を嘲る。

「もうやめてくれ」
「本当のことだ」
「俺たちは他人と生きてる」
「だから」
「他人のことを考えて何が悪い」
「……ムキになんなよ」

西は廊下へと続く閉まりかけたドアに手をかけて歩き出す。思えばミッションが終わってから俺たち二人が残っているのは珍しいことだ、突き当たりの角を曲がる時に思い出した様に一瞬俺を見る目。

「意味ないんだよ、優しさとか」

言葉の余韻が玄関の音に掻き消える。無音と西が置いてった虚無感に溜め息を吐いた。なんでああなんかなぁ。額の皺に自分でも気付いた。いつまで経っても平行線の他人行儀が淋しい訳ではないのだ、うん。

(何があいつを)

「…………あ?」

耳鳴りより遥かに大きな音が足元から聴こえて下を向けば目眩がした。足がない。足が。それでも地に着いた感触がある、覚えはあるのだ少なくとも。それがあるべき時間じゃないだけで。だけ、が何より問題だった。嘘だ。断面は股関節で合流し腰、臍、胸。俺だけなんて。

「おい!ガンツ!なん、」

口、鼻、目。脳。


“いってくだちい”




で。
何で、と云う猶予も与えられず転送された。本当に誰もいない。計ちゃんも西すらいない。どこだどうしてどうしようどうしたらどうしたらどうしたら!迫り上がる涙でピントが合わなくなる、背景。背景。いつの間にか眩しくて日の一番高い時間だった。解ったのは緻密な細工の小綺麗な壁掛け時計があったからだ。他人の匂いで充満している。やや甘い。暖色で埋め尽くされた多分マンションだろう一室。ガンツのあるあの部屋とは正反対だと思った。整ったベッド。その上に散らばったぬいぐるみ。勉強机。その上には関数の公式が乗った問題集とノート。

「子どもの……部屋だ」

寒気がした。何も気配はない、ただ今いる場所が少しだけ把握出来ただけなのに、だけだから、自分の位置が現実味を帯びて夢から叩き起こされる。今回はどんな形でどんな特徴で。ガンツが何も教えてくれなかったのは初めてだった。違和感だらけだった。幸いにもまだ腿のホルダーに嵌った侭の銃を握る。少しだけ冷静になった。一番どうでも良い様な違和感が解決する。

(そうだ、ベッドと机の上がどうにもおかしい)

シーツは淡い青で、使い終わったからか部屋の隅で静かに佇んだランドセルは黒かった。だとしたらノートの方が正しい。急いで一匹の大きなクマに銃口を向ける。一度吸って。そして吐いて。上のトリガーを引く。がち!

「あれ?」

中に詰まってたのは骨ではなく本当に只の綿だけだった。逆に血の気が引いた。一点だけに集中した馬鹿な俺を全く違う何処かで?慌てて滅茶苦茶に構える。一瞬、何か見えて、脳が反応する。ソースは何処だ。信じられなかった。洋服タンスの上の動いてすらいないそれは写真立てだった。星人ですらない。父親が撮ったのかこの部屋の主とその母親であるだろう女性の写真で、やっぱり男の子が正解だった。右側に多い前髪の分け目、涼しいながらもまだ屈託のない目。知ってる奴とよく似ていた。人相だけが違う。

「……何で」

急に部屋が狭く感じた。レースのカーテンが日の光を緩和しながら靡いている。風に乗って甘い匂いが駄目押しする様に鼻を塞ぐ。そうだもしこれがあいつの、いや拘っちゃいけない、人の家だったら俺はどうしたら良い。ここが舞台だったら惨事は手に取る様に解る。星人。探さなくては。小さな、この部屋の出口は、嫌に軽く開かれて、


「え」



西日が傾き始めて恐らく高い階層であり恐らく居間であろうこの部屋の窓に目一杯光が差し込んで、という訳にはいかなかった。奇妙な形の影がそれを邪魔している。軋む音がしている。光と音の源に俺は目を向ける。後光に照らされている様な人の形が神々しいと思った理由は一つだけだった。浮いている。その影の頭からは太くて長いものが窓の上枠と人を唯一結んではゆらぁりゆらりと、揺れていた。

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