ソルティ・ドッグ


西は舌で相手の犬歯を弄るのが好きだ。相手って云っても俺以外知らないけど。そもそも男が好きだなんて初めて知ったし、そういう世界があるのはネットで前から知ってる。きっかけは忘れた、でも最初は確か会話もなく二人っきりの時(ガンツは本当に配慮がない)だったと思う。何とか間を持たせようと健闘した俺を鼻で笑って空気を引き裂いたのは、顎をひっ掴んだ左手と押し付けた唇とそれの一瞬前に角膜に飛び込んだ白過ぎる首筋の西。驚いて目ん玉見開いて凄い乾いたのを覚えてる。口を離した西は一番に俺実はエイズなんだぜ、って云ったけどキスで感染しないのはどっかで聞いてたからああそう、で返した。何となく一緒にいる様になったのはそれからだと思う。気に入られた、と思って良いと、思う。全部思ってるだけだけど。

「別に男が好きな訳じゃねーし」
「そうなの」
「女が嫌いなだけ。バカっぽいし誰か頼んないと生きてけねーし、あれ、乳でかい奴とか特に」
「それは偏見だと思うけど」
「好きの反対は嫌いじゃないぜ、桜井クン」

あ、くそ。同い年なのにと云うか同い年だからこそ俺に対する嫌味の頻度も鋭利さも人一倍で、寧ろ最近はもう同じ高さの土の上すら踏めてない気がする。でも。俺を見下ろすのが西の意義だ。そんで上から顎をひっ掴まれて無理やり抉じ開けられて好き勝手口内を弄くられるのが俺だ。習慣化した秘密は確実に大脳新皮質を麻痺させている。そうじゃない西はもう考えられないと思うと目の前の男子の異質さがより際立ってぞくぞくする。

「ん、」
「ふ、なんか犬みてぇお前」

歯の所為かな、それだけじゃないよな、と舌を尖らせて煽りながら器用に喋るのは俺以上に慣れているから、だからやっぱり他にも俺みたいなのがいるんだろうなあ。それって歳上かなあ。俺にいつも偉そうにしてる西が誰かにジュウリンされてるのは嫌だなあ。やばい泣きそう。想像に嫉妬とかそんなんじゃなくて、不意討ちでキスされるから息が続かないのはいつだって俺なのだ。生理的食塩水がじわり。

「なぁ」
「ハァ、は、何」
「具合良さそうだよな、その歯」

何の、聞こうとしたら顎から雫が垂れて決まりが悪くなったからやめた。それに聞いたところで待ってるのはきっと無反応か後悔だ。そうしなかったらしなかったでどうせ先回りされている、ソファーに座る俺を見下ろしていた西が隣に来る。誰かが帰ってくる気配すらしないことに、安心と不安が綯い交ぜになる。目尻ではなく目頭から排出された涙に優しく口付けられる。あ、くそ。俺にはそんなの一度もしたことないのに。しょっぱいとか云われたけど、当たり前じゃね。

「してみせてよ」
「やだよ」
「何事もチャレンジだろ」
「初めてじゃない」
「は、マジで」
「チャイム鳴って途中で終わったけど」
「えぇー……くそ、俺が最初だと思ったのに」
「する前提だよね、なんかそれ」
「悔しいな……まぁいいや」
「良くないよ」
「何事もリベンジだろ」

にんまり笑う西の目はなんというか、狡かった。俺の髪の毛をぐしゃぐしゃするのも狡かった。いっこも同情しないとことか、こうなったら有無を云わせないとこも然り気無くソファーから追い出すとこも手は使うなと命令するとこも全部狡い。でも隣より見上げる方が、いつも通りの方が良いんだと思ってる俺はよく心得られてた。何よりじりじりと暑い部屋で滲む汗を西は見逃さなかった。膝と膝の間にある俺の頭からそれを両の手の親指で拭う。片方ずつ、見せつける様に舐めてもう一度しょっぱい、と呟いて、

「優しくしろよ」

どっかで聞いた台詞を振り下ろした。悔しくてまた泣きたくなるのを我慢する。かち。歯と金具の当たる音、続いて軽快なジッパーの滑る音。金属は錆び臭いと云うより塩辛い味がする。ちくしょうちくしょう今に見てろ、鳴くのはどっちだ。


(100919)


下剋上狙いなので桜西という表記





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