早く壊れちまえ

※玄西前提

「あんた誰」

嘘。知ってる、玄野ん家の机で何度も見た。まあ頭を左に向ければその写真べたべた二人もべたべたのコルクボードなんだけど。

「ケイちゃんは、来ないよ」

俺が家主を待っていたらドアを開けて驚かせるなり遠慮がちな上目で、なのに決して気を遣ってないのがまるで解る様な口調で不快感をちりりと掠めた。では何故この女は此処に来て此処にいるのか。意味解んねー。云った舌の裏で僅かな焦りが滲んでいる。では何故俺が此処に来て此処にいるのか。何故玄野が此処に来ず此処にいないのか。女は多分みんな知っているのではないだろうか。疑念が膨張して破裂する刺激。幾つも。

「ケイちゃんはね、今日お友達と遊ぶから」
「は?」
「会えないって、私に云ったの」
「日本語話せよ」
「だって西くんはケイちゃんのお友達じゃあないでしょう?」

俺の吐いた言葉はどうやら自分の存在理由ではなく玄野の非存在理由に向けられたのだと思ったのかそんなことを次に云った。玄野と俺がオトモダチ?お手々繋いで仲良く星人殺しましょ、考えただけで背骨がちょっとずれた気がするし冗談にならない。きし、と畳が軋んで女は──コジマタエは今俺がいる部屋に足を置く。距離差僅か五十センチ強。中学生男子と高校生女子の身長はあまり差がなかった。口を開く。あ、嫌な予感。

「お友達はしないもんね」

開いたと思えば直ぐ様。閉じた目閉じた唇プラスアルファ閉ざされた神経回路。消えた五十センチ強。長くない睫毛と高くない鼻と染み付いた嗅いだことのある誰かに似た匂い。コジマタエと反比例した鮮明な視覚、弾力、あからさまな悪寒、嫌悪感。突き飛ばす。胸もない。あれぇあいつ巨乳好きじゃなかったっけ。でもその考えはきっと俺にも返ってきてる。

「──頭おかしいんじゃねえの」
「全部知ってるの」

嘘。知ってる訳ない、幾らアホでも玄野は“彼女”を大切にしている。だからこその関係の成立だった。こっちは気持ちよければ何でも良かった。彼女に似ている俺の肉付きの悪い胸も身長もお互いに都合が良かった。玄野の愛欲と相手の負担の余剰が俺の取り分だ。いつか彼女が泣くのは絶対見たくないと溢していてやたら腹が立ったのを覚えている。

「病人」
「返して」
「あんたは、」

もう充分愛されてんじゃんと云いかけてやめた。そうだ、女はいつもそうだ、キャパが少ないのに零れるのを嫌う。縛るのを好む。可哀想にあのアホはその無意識の狡猾を知らないでまんまと先回りされたのだ。目の前の女に誰の所為だと詰問しても良かった。でも俺の云う女って誰だ?

誰だ?

「西くん」

(丈ちゃん)

あ、

「西くんなんて嫌い」
(あんな女、嫌よ)
「ケイちゃんを返して」
(あたしには丈ちゃんだけ)

…………………、

「いいよ」
「──え」
「取り返せば」
「取り返す……って……」
「ここと」

昨日触れられた首筋。

「ここと」

ネクタイとシャツを緩める。
昨日見られた肋骨の間。

「ここに」

昨日キスされた丹田のもっと下。

「あんたの知らないケイちゃんがいるよ」

一瞬の憎悪を直ぐに隠してこく、と小さく喉が鳴る音が聞こえた。あーあ見るからに地味なこいつはちょっと前までなんにも知らないただの少女Aだったんだろうなあ、はいはい可哀想可哀想カワイソウ、こいつが?あいつが?俺が?誰が。再び消滅する距離。瞼の遮断と同時に鋭くなる聴覚で、階段を昇るカンカンと乾いた音を聞く。遅ェよ、早く壊れちまえ。


(100912)


修羅場
おったちおが自重すればいい話





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