夏に兎が死んだ


「思い出した」
「マジで」
「俺はここで以前アイスを奢って貰っていた気がする」
「忘れろ」

チューガクセイにくだらねぇこと云ってんなよ、それだけ云うと西はもう一度黙った。目の前の暑苦しい色したワゴンは斜め上からの光線をボンネットできらきらと、受け止めもしないでこっちにレシーブしている。あの子で十人目だ。何が。俺らがここに座ってからあそこで買ってったの。あっそ。スーツは暑さまで消してはくれなかった。

「何で俺らここにいんだっけ」
「駅から見えたからだろ」
「このくそ暑いのに」
「アイス買えよ」
「知らない人に奢るなってお袋に云われてるんでね」
「お前本当に覚えてないの」

背もたれが丁度首の所で終わっているベンチに頭を預けた西は毎回こんな風に不貞腐れる。悪いな、と謝ってもそう思ってない癖に、と返される、確かに人にとって思い出すより慣れる方がより易い。日本人なら尚更だ。ハローアゲイン、黒船。

「何、西くんは寂しいの」
「ハァ?」
「覚えて貰えてなくて」
「……マジつまんねー奴になったのな、前の方が日和ってたけど」
「前はどうだった」
「今がゴミみてぇって以外教える義理はないね」
「よっぽど好きだったか、俺が」
「死ね」
「もう死に足りてる」
「………………」
「生きる為にもう一度死んだ」

何もかもが満ち足りて飽和して、退屈が人を殺せるなら俺は。
一体何度。

「……前も俺はゴミって云った」
「そうか」
「お前はキレてた」
「そうか」
「俺はお前が嫌いだった」
「…………」
「でもきっとお前は俺が、大嫌いだったよ」
「……そうか」

アイス食いたい、それだけ云うと西はもう一度黙った。十一人目はなかなか来ない。遠目で一瞬ちらりと車内の店員と目が合った。おかしいなぁ俺が思い出しかけているこの中坊の印象はなんていうかもっと。こう。

「お前さ」
「ぁに」
「昨日ニュースでやってた小学校の兎殺し、あれやっただろ」
「さァね」
「やっぱ寂しいの」
「何でそうなんだよ」

何でそういうのは覚えてんだよ。西は軽く舌打ちして腰を上げた。俺はポケットから今日購買部でパンを買った釣りを数えて西に渡した。二人分な。パシらせてんじゃねーよ。メロン味が良い。お前がメロンとかねーよ。西。んだよ。

手招きする。のこのこ従ったうら若き虐殺者の頭を、撫でた。

「何度でも死ね」

案の定がつりと音が立つ程露骨に払いのけられてから俺はまだ狭い背中を見送る。背負うもののない背。穴だらけの背。常識なんて軽く飛び越せる、自分だけの身体。きらきらボンネットに焼かれて、兎が一匹静かに死に続けている。


(100903)


この後西はオクラ味を買ってくる
「何これ」
「色は合ってんだろ」





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