半兵衛と奥様


「左京、左京は何処にいるんだい?」

 重治様――半兵衛様がお話になる時、私は多く席を外します。沈黙の賢人と名高い竹中半兵衛の妻でありながら、私は戦の話を理解できないのです。父も夫も武人ではありますが、多くの場合重治様は私がこういう話を聞くのを良いこととは思われていないようでした。

「では、私はこれで失礼します」
「いや、今日は君もこっちにいてくれて構わないよ。ただ左京が逃げ回っているようだから、連れてきてはくれないか」

 重治様は多忙なお方で、一年の殆どを豊臣秀吉公がおわす大阪城にて過ごされます。城に変えられることもなかなか頻度が多くはないので、そういう少ない機会の時は必ず嫡男の左京を呼び寄せるのです。

「……左京はまた三成くんのところだね? 頼む由奈、連れ戻してきてくれ」
「あの子もあれで強情っぱりでございますから……石田様がいらっしゃっているのなら、重治様がお呼びになった方がいいのでは?」
「僕が行くと三成くんが余計に緊張してしまうからね、君の方がいいんだよ。それに、僕はあまり左京に好かれてはいないようだ」

 さして困ってもいない様に肩を竦めた重治様は、それからすぐに石田様が持ってきてくださった報告書やら領地の資料やらを読み漁り始めます。この方の奥として城で暮らすようになり分かったことなのですが、重治様はこういう時読んでいる書の内容は殆ど頭に入っているそうなのです。それでも、手持無沙汰だからと文字を追っているに過ぎないのだとか。

「では、左京を呼んで参りますね」

 恐らくというより、石田様がいらっしゃっているとき息子は大概そこにいます。
 父親譲りで聡い子ではあるのですが、些かやんちゃが過ぎるようで、石田様にいつも剣の稽古をつけてほしいとねだっているのでした。

「では重門様、そのままの構えで私に――と、得月院様!」
「あぁ、石田様そのままで。左京、父上様がお呼びですよ」

 左京が「父上が?」と言うのと、三成様が「半兵衛様が?」というのがほとんど同時だったので、私は思わず吹き出してしまいました。
 髪の色まで父親譲りの左京が石田様と並ぶと、なんだか兄弟のように見えてしまうのです。

「きっと左京に大切なお話があるのでしょう。それに、お仕事がある石田様の邪魔をしてしまってはいけませんよ」
「得月院様、私は決してそのようなことは……半兵衛様のお話とは、一体如何なものなのですか」
「そうですね、恐らくいつもの軍談でしょう。長くなってしまいますから、左京は先に厠に行ってらっしゃい。いつだかのように怒られてしまってはいけませんからね」

 ふわふわとした髪を撫でてやると、左京は走って行ってしまいました。普段は温厚な重治様ですが、怒るととても恐ろしいのです。あれでも子供には愛情をもって接するお方ですから、頭ごなしというわけでもないのですけれど。

「得月院様、私もその席に同席する許可をいただけますか」
「石田様が? えぇ、きっと重治様もいいと仰いますが――お仕事の方はよろしいのですか? 左京にお付き合いいただく必要はないのですよ?」
「いえ、半兵衛様から軍談をご教授頂けるなどまたとない機会なのです。どうか得月院様、この三成めに同席の許可を」
「えぇ、では石田様もいらっしゃってくださいな。重治様、ああ見えてご自分のお話を聞いてもらうの大好きなんだもの」

 あまりにもきらきらしい瞳で石田様が顔をお上げになるもので、もう一度吹きだしてしまいました。
 前々から思っていたのですが、なんだか石田様も大きな子供でいらっしゃるようです。きっと重治様も、そう思われているのではないでしょうか。


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