真症サディスト、仮性マゾヒスト。
「首、絞めてよ。」
兄さんに初めてこのオネガイをしたのは随分前だ。
「かはっ。」
自分で自分の首を絞めてみても、苦しくなると勝手に手が離れてしまう。
「それでおしまい?」
咳き込む俺を眺める兄さんの瞳は氷みたいに冷たい。情事の後とは思えない殺伐とした空気。
「…オネガイします。」
ゆっくり冷たい手を取って自分の首に添えて「オネガイ」する。
「甘えんぼだね。」
くすりと笑った兄さんの手に力が加わる。大きな手と細い首。相性はぴったり。
ぐっと気道を塞がれ、酸素が途絶える。絶妙な力が酸素だけを完全に遮断し、脳内は濃度を増した血液で満たされる。
じわじわと沸き上がる息苦しさに、唇が震え、まるで魚の様にはくはくと力なく口が動いた。
「イイ顔。」
片手で俺の首を絞めながらうっとりと微笑む兄さん。
苦しさから涙が溢れる。
呼吸は途絶えたまま。半ば無意識に、ガリガリと呼吸を塞ぐ手をかきむしる。それでも酸欠の手に力は入らず、兄さんの手を傷付ける事はなかった。
「もう少し、頑張ろうか。」
僅かに、力が増した気がした。
ぼんやりと視界は滲む。涙のせいか、酸欠のせいか。
チカチカと白くなったり、黒くなったりする世界。そんな世界の中、首に絡む指の感触と、唇をなぞる粘膜の感触だけがはっきりとしている。
「レン。今日はいい抵抗するね。」
苦しさからもがき、身もだえる俺の首を軽々と手繰り寄せると、ご褒美、と口付けが深く俺を犯した。
「噛んだら、禁欲だからな。」
そう甘く囁いて俺の口内をなめ回す兄さん。
甘くて、優しい感触にヒリヒリと痺れが走る。
「…っ、…」
酸欠のあまり、勝手に舌が前に出る。本能に従うと、そのまま舌を噛みきってしまうのだろうが、生憎噛んだら禁欲が待ってるので、耐える。
その代わり一層激しくばたつく手足が兄さんを傷付けてやしないか心配だった。
「イイ瞳。」
きっと、魚みたいな目。いよいよ混濁して遠ざかろうとする意識。まだ、こうしていたいのに。
「愛してる。」
がりっと粘膜に噛み付かれる感触で意識が激しく明滅する。
「がはっ!」
気が付いた時には兄さんの手は離れ、濃い空気と薄い時間が流れ込んでいた。
「ヨかった?」
酸素に飢えた肺がヒリヒリと痛む。ぜいぜいと肩で呼吸を繰り返すと、今更頭がガンガンとアラートを鳴らし始めた。
「ねえ?」
答えられない俺を嘲笑う様に、兄さんは自分の胸に飛び散った俺の白濁を掬い取り、ぺろりと舐めた。うっとりと俺の精液を舐める姿に、達したばかりの雄がまた震える。
「兄さんは、ヨかった?」
絞り出した声は掠れていた。兄さんが、笑う。
「見て判らない?」
興奮でうっすら上気した頬と、張り積めた雄が、彼も感じていたことを示していた。
その事に歓喜して、またひくりと下肢が疼く。
「抱きたい。」
率直に述べて、兄さんにのし掛かる。
「欲張り。」
愛してるから抱きたくて。そして、愛してる人が俺に溺れる瞬間がみたいから、首を絞めて欲しくて。
「そうだよ。」
俺は、兄さんがすべて、なのに。
「ぁ…」
潜り込ませた指に震える兄さんは、そうじゃなくて。
「タスケテ、オネガイ…。」
小さな呟きは、喘ぐ声に掻き消された。
FIN.
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