アイコノクラズム・1話

随分昔から、アイドル、という存在は世の中に浸透していた。

世を熱狂させる人間。心のうちの願望や羨望を映し出す存在。だがテレビ画面越しにしか会えない点で、それはただの偶像であり2次元の存在に近しかったが、科学技術の向上と普及に合わせ、アイドルに近付きたいという願望はどんどん具現化し、バーチャルアイドル、会えるアイドル、と徐々に庶民に近付いていった。
そして、今の世には『アナタだけのアイドル』と言う名目でアンドロイドが一個人に販売されるまでになった。

歌う事に特化したアンドロイド、それがボーカロイド。

そんなボーカロイドのプロトタイプ、KAITOを手にした青年とバグだらけの一体のカイトのお話。





そのボーカロイド、KAITOを手に入れたのは気紛れだった。
青年は、刷り込みによる愛情を注ぐ為のアイドルには別段興味を抱く事もなく、それなりに尽くしてくれる生きた女を大事にし、これと言った趣味もなく、平々凡々に生きている普通の人間だった。いや、多くの人々がアンドロイドに夢中になっている中ではある意味特異な存在かもしれない。

「今ならあのボーカロイド人気の原点、KAITOモデルが格安ですよ!」

たまたま入ったリサイクルショップ。中には骨董品やら懐かしい形のパソコンや家電、そして1体だけ目立つように展示してある成人男性型ボーカロイド。

「やっす。ボーカロイドってこんな安いんだ。」

「お客さん、その1体は特別なんですよ。」

ショーケースの前に立った青年にここぞとばかりに店長らしき中年男性が声をかける。
にこにこと人好きのする笑顔で営業を始めようとする店員に青年は僅かに顔をしかめた。

「ジャンク品?」

「いえ、ジャンク品ではないんですが、ちょっと個性的な個体でしてね。これは極々初期のモデルながら歌は巧いし、家事手伝いもこなしますから、まあちょっと燃費が悪い事を除けば、一家に一台の必需品ですよ。お客さん、アンドロイドは何かお持ちで?」

「いや、興味ないし、いらないから。」

青年は一息に喋る店員に関心しながらも、返事はそこそこに、視線をショーケースに移して店員の言葉を反芻しながら上から下まで眺めた。
身長は自分より少し低いだろうか。青い髪に青いマフラー。今時分見るには些か暑苦しい服装だ。ショーケースには何個もポップが付けられ、いかに素晴らしい商品かとアピールしている。店員の話を聞き流しながらなんとはなしに順番に読んでいると、ふと、その中の一文が青年の目に止まる。

「好物、アイス?」

「そうです。このモデルはアイスが好きなんですよ。」

アンドロイドに好物なんてあるのか。こういった類の人形は、友人宅に遊びに行った時にちらと垣間見るだけで、ほぼ接した事のなかった青年にとっては新鮮な情報だった。

「穏やかな性格として有名なモデルですがね、色々な面を持ち合わせているので、面白いと当時は話題に…」

「あー、説明いいです。買うから。」

「ありがとうございます!」

俺もアイス好きだし。
それが理由だった。横でまだ何か喋っている店員を無視してレジに向かう。
まさか、ボーカロイドを自分が買う日が来ようとは。青年は他人事のように思いながらも、何故か自分に言い訳をしていた。
女性型だと気を遣いそうだが、男性型ならその心配もないし。今までなんとなく書き留めていた楽譜を手軽に音源化できるし。安いし。邪魔になれば棄てればいいよな。

それが青年とカイトの出会いだった。







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