ダッツ1つ分の愛の形。
「姫。」
甘ったるいハスキーボイスで、そんな呼称を使うなんて卑怯だよね。
「姫。・・・いい加減許してくれ。」
しかも極上のルックス。普通の女の子ならこれだけで許しちゃうんだろうけど。
「じゃあ姫って呼ぶなってば!」
生憎俺は男です。
「なんで俺が姫なんだか・・・。」
はあと溜め息がでるけど大目に見て欲しい。ほんとになんで俺が姫・・・。俺はどっからどうみても男だし、姫なんて柄じゃないのはがっくんだって重々承知してるはずだ。なのに気紛れながっくんは俺の事を姫と呼んで一人で楽しそうに笑ってる。呼ばれてる俺は全然楽しくないのに。
「カイトがへそを曲げるからだろうう?」
「がっくんが変な呼び方するせいでおへそが真後ろに向いちゃったよ。」
そう、これ以上ないって位へそを曲げて俺は臨戦態勢真っ最中。それなのに楽しそうに姫って呼ぶがっくんに、怒るっていうよりはイライラする。
「変とは失礼な。似合っているのだからいいではないか。」
「だから、似合わないから止めて!」
姫が似合うなんてがっくん以外に言われた事ないよ。もし本当に俺がお姫様みたいに可愛かったら、愛らしかったら・・・。
「姫?」
愛らしかったら、こんな気持ちにならないのに。
俺のやり切れない感情がふつふつと疼いて、無意識に口が開いた。
「がっくん、本当は俺なんかよりお姫様みたいな可愛い子がいいんだろ・・・!」
しまった。つい口をついた本音を抑えようと反射的に口を塞いだけど、もう遅い。がっくんの目がゆっくりと見開かれていく。まあ当然の反応だよね。どう弁明しようかと思考を巡らせる間にも、二人の間の空気は微妙なものに変わっていくから居心地が悪くて仕方ない。それも、俺が悪いわけじゃないのに、なんとなく俺が悪い事言ったみたいな、妙な空気。
「カイト・・・本気で言ってるのか?」
「本気だよ。」
即答した俺に、幾分ひんやりした視線が突き刺さる。がっくんが怒ってる。でも、もともと俺が怒っていたのが事の発端だし、ここで弱気になるわけにはいかないと、俺なんかよりよっぽど綺麗な顔を睨みつけた。秀麗な顔が不機嫌そうに歪む。
「私がいつ誰をカイトより可愛いと言った。」
「・・・そんなの言わなくたって、分かるよ。」
だって、二人で歩いてる時、恋人にじゃれつく可愛い女の子の事、よく見てるじゃないか。今日だって、恋人繋ぎで嬉しそうに歩く女の子、見てたし・・・。
そうぽつぽつと零す俺の声は情けなく揺れていて、自分で自分の声が嫌になった。ボーカロイドなのに、自分の声が嫌だなんて贅沢な話だけど。がっくんの隣に立つには相応しくない気がして、俺は俯いてしまった。
がっくんだってきっと、明るくて高い声が聞きたいんだろうな。そう思うと一層、惨めな気持ちが押し寄せてきた。
「カイト、嫉妬か?」
嫉妬か。そうかもしれない。だけど、嫉妬と一言に言うにはあまりにも消極的な気もしていまいちしっくりこない。
「・・・俺、自信ない。」
嫉妬してる相手に勝る要素が見当たらないもの。
容姿も、声も、性格も、平々凡々な俺だし。
「馬鹿馬鹿しい。」
大きく溜め息を吐いたがっくんが恨めしくて、俺はこれ以上曲がりようがなかった筈のへそを更に曲げて、そっぽを向いた。
「鏡をみたことがないのか?」
「もちろんあるけど。」
「なら、何故こんなに美人なのに、自信がもてない?」
そう言われて俺は耳を疑い、思わず振り向いてしまって更に驚く。
声音は呆れているのに、その瞳は驚く程優しい光を宿していたから。
「・・・そんな事言うのがっくんだけだし。」
その眼差しがなんだか気恥ずかしくて、ちょっぴり頬が熱くなるけど、睨む視線は弱められない。
だって、眼光を緩めたら、雰囲気に流されてしまいそうで。その位がっくんは甘い空気を醸し出していた。
「カイトの魅力は私が解っていればいい。」
「俺の魅力?」
不思議そうな顔をした俺に微笑みかけて、がっくんは俺の腕を強く引っ張った。
「わ!」
当然俺はがっくんの腕の中へ。慣れた温もりといい香りに擦りよりかけて、はっとする。そうだ、今俺は怒っているんだった。
「は、放して・・・!」
「それは聞けぬな。」
暴れようとした俺を無理矢理抱きこんで、睨み上げる俺にニヤリと不適な笑みを一つ。
「カイトが自分を魅力的だと認めるなら放してやろう。」
「俺の魅力って・・・。」
そんなの解んないよ。俺の魅力って?
意地悪な条件を出す気分屋の彼に苛立って、口を尖らせてふてくされているとくくっと低い笑い声。それが更に気に食わなくて頬を膨らませて不快感を誇示したら、頬でちゅっ、と音がした。
「手伝ってやろうか?」
手伝う?俺が答えるより先に、反対の頬でまた小さな音が鳴って、がっくんの柔らかな唇が俺を弄びだしたから考えるどころじゃない。
「な、何・・・」
「まず、見目麗しい。それでいて可愛らしい。」
「え?え?」
いきなりなんの話か、と考える間にも、温かな唇が額、鼻先、目元、と移り気にさまよって音を立てるから慌てる。
「ちょ、なになに?」
「その上素直で甘え上手で愛らしい事この上ない。」
なあ姫。って言われて気付く。
「それ、まさか俺の事?」
信じられない思いで見詰める俺に、答えは返ってこない。ただ、にんまりと俺を弄んでいた唇が弧を描いた。
無言の肯定にどう反応したものかと迷っていると、密着した体からくつりと笑みが伝わってきて、ふいに唇を塞がれて俺はフリーズ。
「ん、がっく・・・」
ぎゅうと抱き締められて、息が搾り取られるような苦しさ。圧迫される体が酸素を求めて無意識に唇を開いたら、入ってくるはずの酸素の代わりに、その隙間から熱塊が潜り込んできた。俺の呼吸は酸素不足で脳内酸欠。ぬるりと口内をくすぐる舌先にじん、と甘く体が痺れて力が抜けて、思わずがっくんにしがみつく。
「・・・こうやってしがみつくところも可愛い」
「も、言わなくていい・・・」
それでも息も絶え絶えな俺を抱き締めたまま、がっくんは続ける。
「たまに我が侭なところも、裏表がないところも好きだ。」
総てが愛しい、と口付けを深めるがっくんに俺はくらくら。
俺でいいのかな?可愛らしい女の子じゃない、かと言ってがっくん程格好いい男でもない、こんな俺でも。
「・・・俺でいいの?」
「違う。カイトが良いのだ。」
そう言って微笑む恋人に、ほんわか温かなものがこみ上げる。俺がいいなんて。嬉しくて、つい全部許してしまいたくなった。でも。
「じゃあ、なんで他の子を見るの?」
これが俺のもやもやの原因。
いつもいつも、他の女の子を羨ましそうに見てるの知ってるんだから。
「・・・ふむ。カイトは私が他の娘を見るのが嫌なのか。」
「そりゃあ、」
「そりゃあ?」
真剣な顔で言葉を促され、言いよどむ。言いたい。でも、恥ずかしい。でも、言いたい。
「姫。」
優しく頬を撫でられて、至近距離の瞳が更に近付く。
いいのかな。言っても、許してくれる?
「・・・俺がいいなら、俺だけ見ててよ。」
俺は、がっくんしか見てないんだから。
「カイト。」
破顔したがっくんの瞳がキラキラして綺麗。ドキドキしてる俺に、嬉しそうな声が唇伝いに体内に流れ込む。
「そうやって、ヤキモチを妬いてくれるから、止められぬのだ。」
他に興味はない、なんて言われて嬉しくないわけがない。
「機嫌を直してくれないか?我が姫よ。」
イタズラっぽく瞳を輝かせて、また姫って呼ぶ。
でも、もうそんなに悪い気はしない。
「・・・俺以外の子に、姫って使わないなら、許す、かも。」
なんだか恥ずかしいお願いをしてしまった気がしてまっすぐがっくんを見れないけど、ご愛嬌。
もちろんって笑われて俺までつられて笑顔になってしまうから、もう喧嘩は終わりかな。でも、これだけで許しちゃうのは癪だから、もう一個条件を付けちゃおう。
「ダッツの新作くれたら他の娘見てた事も許しちゃおうかな。」
きょとんとしたがっくんに、新作全種類だからねって付け足してちょっと怒った顔をして見せた。本当はもう怒ってないけど悪あがき。当然そんなのすぐバレて、恋人は声を立てて大笑いだから、俺も一緒に笑って仲直り。
「ダッツ1つで可愛いカイトが見られるなら安いものよ。」
「1つじゃなくて3種類!」
「変わらん変わらん。」
全然懲りてないみたいだけど、がっくんが俺がいいって言ってくれたから万事オッケーだ。
(専属のお姫様になるのも、悪くないかも。)
ほっぺにお返しのキスをダッツの催促。
ダッツくれなきゃ許してあげない、なんてね。
あなたが快諾するなんて百も承知。
俺は我が侭な姫だから、覚悟しろよ?
FIN.
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