意識過剰
「うちのお兄ちゃん、やさしいよね。」
警戒心がないだけじゃん。
「背も高いしーイケメンだしー」
そんなのリンの好みってだけだろ。
「声も低くってオトナって感じよね、あんたと違って。」
どうせ俺は少年型だよ!
リンのお兄ちゃん大好き談に溜め息を吐いた俺は悪くないと思う。
だって毎日だぜ?毎日毎日やれ恰好良いだの可愛いだのよく飽きないなって位俺相手にしゃべくり倒す。
「で?そのイケメンでステキなオニイチャンがどうしたって?」
きっとカイト兄について何か報告したい事があるんだろうから、俺はノロケなのかブラコン自慢なのかよく分からないリンの話の腰を折って先を促した。
「そう!今日はすんごい事に気付いたの!」
キッチンで隣同士に座っていたリンがよくぞきいてくれたと言わんばかりに嬉しそうに身を乗り出して俺の肩を掴んだ。
「何?」
いつもより大きなリアクションにちょっと好奇心が擽られる。
俺が興味を持ったのが伝わったのが伝わったのか、リンの瞳がイタズラっぽく煌めいてどうしよっかなーなんてじらすんだから、ただ事じゃなさそうだ。リンはたいてい言いたい事はすぐ喋るヤツだから。
「何なんだよ。そんなすげーの?」
「凄いわよ!」
たっぷり焦らして俺を引き付けたリンは、ぴっと人差し指を立てて爆弾を落とした。
「お兄ちゃんの好きな人、分かっちゃった。」
・・・好きな人?好きな人ってあれだよな、恋ってヤツだよな。
「ええええ!あの枯れきってそうなカイト兄が!?」
マジで。いっつものほほんとしててミク姉とでも平気で一緒に風呂に入るあのカイト兄が。
にわかには信じられないが、リンは嘘は付かないだろうし、しかも相手まで判ったってんなら、俺は全然気付かなかったけどそうなんだろう。
つか相手って、相手って。
「だ、誰だよ!?」
あの異様にモテるのに恋愛のれの字も知らなさそうな兄さんの恋心を起動させたツワモノは誰だよ。
「ふふ、知りたいー?」
コクコクと頷く俺に、リンはものすっごく楽しそうな顔をして人差し指を俺に向けた。
「・・・ん?何?」
急なジェスチャーになんの事かと尋ねると、リンは半眼になってその指先を俺の鼻先に突きつけた。ますます意味が分からない。今までカイト兄の想い人の話してなかったか?
「だからぁ、あんたよ。あんた!」
「・・・・・・・・・。」
「ちょっと、聞いて「はぁ!?」
なに、俺?え、俺って鏡音レンだよな?漫画みたいにリンと入れ替わったり
「しないから。」
うお、衝撃のあまり心の声が外に。な、なんでよりによって俺?俺兄さんになんかした?
パニック状態の俺を見てリンはころころ笑ってるけど、笑うな!って怒るどころじゃない。
「に、兄さんってホモなの・・・?」
まずそこだよな。うん。家族ってとこも問題だけどそれより何よりそこだろう。
リンは俺の質問にちょっと考えたあと、俺の肩をばしんと叩いた。
「ホモかどうかは知らないけど、あのお兄ちゃんのハートを射止めるなんて凄いじゃない。」
ちょっとは引くとか悩むとかしようぜ、リン。
「で、あんたはどうなのよ。」
「俺?俺はそっちの気ないんですけど・・・。」
兄さんを恋愛対象に、なんて考えた事もない。のにリンはまたしても爆弾発言。
「やだ、自覚ないの?」
「・・・いやいやいや。」
俺別にカイト兄がどうとか以前にまず恋とかした事ないし。
それを伝えてもリンは何故か納得してくれない。
「意識してるのに無意識なんて、そんなんじゃお兄ちゃん取られちゃうわよ。」
怒ったように頬を膨らませるリンに俺は困惑した。
「取られるって・・・。」
「お兄ちゃんの笑顔とか、寝顔とか、泣き顔とか、喘ぎ声とか・・・」
「何言ってんだよお前は!」
変な事を言い出したリンのせいでちょっぴり想像してしまったじゃないか。
「あーレン、」
「耳赤いけど、熱でもあるの?」
リンが口ごもったと思ったら、降ってわいた聞き慣れた声と額に感じるひんやりとした感触。
「うわ、わ、カイト兄!?」
噂をすれば影で、飛び上がらんばかりの勢いで振り返るとびっくりしたのか両手を上げて目を丸くしてるカイト兄がいた。
「内緒話?」
すぐにくすりと相好を崩したカイト兄は俺の肩にそっと手を置いて顔を近付けて・・・。
「な、何っ!?」
あと5センチといった所で俺が裏返った声を上げた為カイト兄の動きが止まる。そのままの距離で喋るカイト兄のせいで心臓がばくばくと高鳴って落ち着かない。
「え?熱があるのかなと思って。」
「ない、ないから離れて!」
「でも耳まで赤いし・・・。」
俺が突っぱねてもお構いなしにカイト兄は顔を近付けようとするから堪らない。
「レン調子悪いみたいだからちゃんとおでこで測ってあげてー。」
リンのせいで意識する羽目になっているというのに発破を掛ける悪魔みたいな姉。
「もう、レン、大人しくしなさい!」
なかなか必死に抵抗する俺にカイト兄は強硬手段にでた。
俺の頬を両手で挟んで逃げられなくしたのだ。
「うぁ・・・!」
思わずぎゅっと目を瞑ると、コツンとあてがわれる額。たったそれだけの事なのに、カイト兄の息遣いとか体温を変に意識してしまって、目が開けられない。
「やっぱりちょっと熱いよ。」
分かったらさっさと離れてくれ。
なのにカイト兄が、バグかな、処理熱かな、とかその場で呟いて離れないもんだから、睨む為に目を開けたらお節介なリンから一言。
「そのままぶちゅっとしちゃえば?」
素晴らしいタイミングで入れられた茶々に、額を合わせたままカイト兄が赤くなる。
俺の頬に添えられている手まで熱くなった気がして、こっちまでつられて体温上昇。
「・・・リン、変な事言わないでよ・・・レン?」
俺は離れるカイト兄の手を無意識のうちに掴んでいた。
これで意識するなって方が無理だろ。
「あのさ、俺の事好きってほんと?」
カイト兄が息を飲む気配。訊くんじゃなかったか。兄さんは頬を染めたまま眉を八の字にして困ってる。そりゃいきなりこんな事訊かれたら困るよな。でもこのまま変に意識するのもヤだし。
カイト兄はたっぷり1分は黙った後、溜め息を吐いた。
「好きじゃないよ。」
好きじゃない、か。
別に俺だって好きじゃない筈なのに、ただならぬダメージを受けている自分にビックリ。
だけど好きじゃない宣言をしてくれたカイト兄は、だんだん見たことのない程綺麗な笑顔になっていくから訳が分からない。
好きじゃ、ないんでしょ?
「愛してるんだよ。」
きゅっと握られたのは掴んでいた手か、それとも俺の心臓か。
「あんたいつまで固まってんのよ?」
気付けばカイト兄はキッチンから居なくなってて。キッチンには呆けた俺と、俺の前で仁王立ちしているリンだけだった。
「あ、れ?リン?」
意識を取り戻した俺はリンに思い切り脛を蹴られて再びブラックアウトしかけたが、次の言葉で一気に覚醒した。
「お兄ちゃん、泣きそうだった。好きなら泣かすんじゃないわよ!お兄ちゃん泣かせたら、レンでも許さないんだから・・・!」
お兄ちゃんが泣きそうと言いながらも自分が泣きそうな顔をしているリンに慌てる。
「ちょ、泣くなよ・・・!」
泣いてないわよバカ、とグーで殴りかかってくるリンをかわして、俺は冷蔵庫に向かった。
目の前に泣きそうなリンがいるのに、頭の中は泣きそうなカイト兄、の言葉でいっぱい。
宥める為のアイスを取り出して振り返れば、一瞬きょとんとした姉が、にっこりお日様みたいに笑った。
「・・・しっかりやんのよ!」
悔しいけど、俺は惨敗。
「当たり前だろ。」
いつもリンから聞かされて、うっとしく思っていたはずなのに、指摘されれば意識過剰。
だって仕方ないだろ。リン曰く、格好良くて優しくて、放っとけなくて。
焼き付いて離れない愛してるに高揚しながら、俺はキッチンから飛び出した。
認識された無意識が黄色信号を灯しているけどそんなの無視。
「取られて、たまるか。」
泣き顔のカイト兄を抱き締めるまで、あと3分。
FIN.
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