脳が欲した?


耳殻を舌でなぞる。先輩は快感に酔い痴れた甘い声を出さまいと、唇で必死に押し殺しているみたいだが、残念ながら声は鼻から抜け「ん、ん…っ」と色っぽく漏れている。それで僕が小さく笑えば、キリリ、とまた唇が強く噛まれる。うっすらとそこに朱色が滲む。ああ、なんて哀れで、可憐で、滑稽なんだろうか。大きな目が目蓋で覆われ、眉を無理に寄せて苦しんでいるようにも見える先輩。見ていて気分がいい。

先輩は制服姿のままで僕に組み敷かれている。魚がまな板の上にいるみたいに、身体を跳ねらせるけどスプリングの悪いベッドだから音をたてて軋むだけで、むしろ足掻けば足掻くほど沈んでいってるんじゃないかとも思う。息継ぎのたびにキッと鋭い目で下から睨んでくるけど、涙の膜で覆われた瞳は光を放つばかりにしか僕には見えない。唇を重ねるたびに先輩の息はあがっていき、目蓋はとろけて唇はふやけていく。僕にどうこうされようと、先輩は僕を嫌いになれないことくらい分かっている。だから好きにしている。


「センパイはいつでもあったかいですよね……だから、こーやって、ぎゅうって抱き合ってたら、いつかセンパイ、溶けちゃうのかもねしれないですよね……いや、そんなこと物理的に無理だって分かってるんですよ?…でも心理的に、そうなることは可能なんです……だから、そうなりましょうよ、ね?」


言うなればチョコレートみたいな、甘ったるくて、くどくて、たまに苦くて、でも皆から好かれている関係。


「ね?センパイ、本当のことを言えば、一目惚れなんかじゃないんです… ボクたちが出会う前からボクはきっとセンパイを探していたんです …センパイ、センパイ…分かりませんか?僕はセンパイと出会うべくしてここにいるんですよ、自然科学の法則だなんて言わないで、愛のもたらす導きなんですよ…センパイ、もっと喜んで…やっと出会えて、やっとこうして抱き合えることができたんですから……、それとも、気分かえて今はチョコでも食べますか?」


先輩が僕からのそんな言葉を求めているわけじゃないくらい分かっている。先輩は人と親密化できたときに生じる脳の化学反応、愛みたいなものを感じたいことくらい分かっている。先輩は同級生のかわいい女の子ではなく後輩の男にそれを求めた。この際先輩が同性愛者だとか僕がバイセクシャルだとかはどうでもいい。先輩に声をかけられる前から僕は先輩を見ていた。声をかけられてラッキーとおもっていたらこれだよ。

先輩も段々のってきて、僕の唇を強引に拒んだと思ったら僕の着くずしている制服のワイシャツの襟首を両手で握った。じっとり見つめあう。僕らは興奮しあっている。鼻でもかじってやろうと思ったら、急にグイッと首から下に引き付けられて、先輩からの半ば強引な口づけ。肉同士が触れ合っているだけ。その下にある八重歯と柔らかな赤の舌が僕の理性とやらをじれったく撫でているみたいだ。


「…っ…ぁ…せんぱい、つながりましょう……今なら何も心配せずにできますから、」


早口になるのは僕に余裕がない表れだ。ハッハッと犬が荒々しく主人に懐いているみたいなもの。結局、僕の脳は年功序列を大切にしていて、先輩という位置付けになんの異論もない。チョコと言えばカカオみたいな発想は幼稚なものでしかはない。愛があればセックスとは馬鹿の思考だって思ってる。もっと単純にすれば尿道の痙攣なのだから。甘ったるいわけなんかないのに、甘ったるくされている。キスをしたら恋人、セックスしたら恋人。そんなんじゃない。先輩は先輩で僕は僕。先輩がどう考えているとかどう思っているとかはこの際たいした問題なんかじゃない。そのことくらい先輩にだって分かるはずだ。あの口にまとわりつくような人工的な甘美がたまに強く欲するみたいな中毒性もあっても、なんだかんだ嫌いになれない。セックスにイエスと頷かない先輩の咥内をぐちょぐちょにしたら香るシガレットの風味の関係に僕は憧れて、欲する。

深く考えたあとには糖分が必要なんだよ。









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