同じ夜
何でもない日。なんだか無性に独りが嫌になった夜。なんとなくソイツと待ち合わせて、どちらかともなく激しくお互いを求めあったあと。
カーテンの僅かなズレから零れている、おぼろげな月明かりを──僕のことなんかそっちのけに──ながめながら、ソイツは、背中だけで寂しさを語る。月明かりに照らされたソイツの身体が白く恍惚に見えた。
床から天井まである窓に移りこむ。都会の黒。ホテルの向かいにあるビルの微光。そうして怪しげな月明かり。それを背景に、細い背中。切なげな表情。
僕が後ろから近づけば、抱きつく前に振り向いてきて、一瞥。僕は構わず身体を抱き寄せる。
「ここに居たら冷えるぞ」
「……あぁ」
自分からそう言い出したのはいいものの、ソイツを離そうとはせず。また、抱えてベッドまで誘うこともせず。
体温を分かち合う──というよりは、──同じ空気を共有しあっているみたいだ。
「……寂しいってのは、なんだろうな」
彼は自嘲気味に笑って言う。
僕はただ黙って聞いている。
こんなことが、コイツの寂しさを紛らわせていることではないのは、分かっている。
腕の中にいる、コイツのいう、寂しさに付き合えるほど僕は有能じゃないだろう。かといって、それを他の誰で満たして欲しくはない。
自分勝手な僕の欲が、コイツを困らせているのは、火を見るより明らかだ。
僕もコイツも、自分の欲に正直で相手を利用しているだけの、ひねくれもの。
「お前なら──」
腕を、ひたっ、と捕まれる。つい先ほどまで熱くなっていたはずなのに、何故か冷たくなっている手。
けれども僕は何も咎めず、「うん?」と軽い拍子で肩口から表情をうかがう。
たいしてない2人の身長差が、今ならほんの少し、僕が有利なように感じる。
ソイツは銀河系のはるか遠くを見ている、と思っていたら。得意の流し目で、僕を見て、ニヤリ。口角だけで笑ってみせれば
「ここより高い所に泊まらせると思ってたが、言っても公務員だな」
はっ、と鼻で笑った。
「このくらいが丁度いいんだよ。人の上に人はいるし、もちろん人の下にも人はいるんだから──、僕みたいまでになると、高すぎるといい思いが出来ないんだ」
2人の会話はどこか噛み合っていなくて、言葉に深みを出そうと思えば思うほどに、空を切る。
ソイツによって、ゆるやかに解かれた腕。向き合えば黒目が僕を見る。
綺麗だ。
コイツは人間の抱える黒の闇のすべてを、その瞳をやどしているようだ。
一見、それが、とてつもなく危うく感じるのだが、そこが彼の──僕が欲する──魅力なのかもしれない。
頬に手をあて、後頭部にかけて、髪に手を差し込む。
その仕草でソイツは目を閉じた。お互いに腰にタオルを巻いているだけの姿。ガラス越しに映る影が、淡い。触れた彼の唇は冷たく、濡れていた。
僕は、理屈で愛を手に入れることが出来るなら、この身をかけても、なにもかもを棄ててでも、彼と幸せになってやると、思った。
それは独りが嫌になった──のではなく、独りが淋しくなった──彼と同じ気持ちになった夜だった。