Mr.B


Mr.B。彼は僕の友人の友人だ。容姿も頭脳も申し分なく運動もできると名高い。周りの人間からも厚く慕われ、先生すらも一目置いている存在だ。Mr.Bは凄い奴。僕はそう認識している。加えて、女を魅了する最高のイチモツも持つ男だとも。ただし、Mr.Bの腕に抱かれた者は口を揃えてこう言うそうだ。Mr.Bは幼稚で卑猥な隠語をやたら言わせたがる、と。Mr.Bはある意味ちっぽけな男とでも言おう。しかしMr.Bは嫌われてはいない。たとえMr.Bの性癖がいかがなものであっても、だ。ちなみに僕はMr.B自体に興味がないので、なんともない。Mr.Bとは大学校内ですれ違えば一呼吸、目線を合わせるだけの間柄。ただなんとなく、お互いに面識がある程度、というものだ。大人になれば会釈なんかもせず見知らないフリをするであろう。僕はMr.Bと仲良くなりたいとは思わない。いや、そう言うと少なからずの語弊を生んでしまうが、仲良く出来るならして、出来ないなら出来ないでいい。お分かりいただけるであろうか。つまりは現状維持で満足している。彼に何かあるわけでもないし、僕自身に何かあるわけじゃない。少なくとも僕からは近づこうとはしないし、もちろん彼の方からも僕に近づいたりはしないだろう。ここまで言えばお分かりいただけるであろう。僕と彼の間に働く目に見えないあれは、一言ではとても言い表わしにくく、類似する単語は顔見知りなのだろう。しかし僕はMr.Bをたったこれっぽっちだが知っている。同様に彼も僕を、というのは違う。共通の友人を通じていたとしても、僕自身の印象が薄いので、僕には到底分かりそうにない数字や記号や文字やアルファベットが綺麗に整理され敷き詰められているであろう、あの天才的な脳内に僕の情報なんて無価値と瞬時に判断されて抹消されているに違いない。僕の脳内にはたまたま余裕があるのでMr.Bの情報が入っているだけである、なので誤解はしないでいただきたい。そんなMr.Bと僕はたまたまエレベーターで乗り合わせた。1階と8階に止まっていたので、2階にいた僕は迷わず1階にあるエレベーターのボタンを押した。のんたらあがってきたエレベーターの扉が開き、階数ボタンの前にいたMr.Bと瞬間的に目が合った。上に向かうエレベーター。目的の8が光っていた。僕は軽い会釈をして彼の斜め後ろに乗り込んだ。彼は何階?と真摯に聞いてきて、僕は8階で降りる、と伝え会話が終了。どうってことはない。扉が閉まり、それからあの独特の浮遊感。内臓なのだが主に胃を持ち上げられているようなあの不快感。得意ではないのだが毛嫌いするほどではない。食べ物で言うと口に含んで咀嚼をしたらすぐに飲み物を手にするようなものだ。3、4、5。こんな具合で順調に上昇する。Mr.Bは扉の上に表示される光る数字を見つめている。僕も同様。そうして目的の8に着いた。8階には僕が暇潰しに訪れる資料室がある。今回もそのためだ。8階にはそれくらいしかない。だからMr.Bも資料室に行くんだろう、という想像はついた。だが、それまで。Mr.Bがなぜ資料室に行くのかもどうでもいい。ましてや肩を並べて行こうとも思わない。Mr.Bもそれくらい考えているんだろうが、何も言わないからそうなのだ。扉が呑気に開く。Mr.B、開くのボタンを押したまま体を半分僕の方へ向かせる。その流れるような動作に女は惹かれるのであろう。お先にどうぞ、と。やんわり伝わる。僕はまた小さな会釈をしてエレベーターから降りた。彼もすぐに降りた。後ろにいる彼に気は止めず、8階にある用事の事ばかり悶々と考えていたら、スタスタと足音。エレベーターを降りた時には廊下には誰もいなかった。ましてや8階の資料室はどこか陰気くさく、女だけではなく男も好んで立ち寄らない場所。時間があれが訪れるこの僕ですら、この8階で誰とも遭遇したことがない。ああ、ならこの足音はMr.Bのか。そう理解するのは瞬時だった。だから僕は気持ちだけ左側に寄って、スピードを緩めた。お先にどうぞ、と言わんばかりに。それが僕を追い抜かす、と思っていた。いたのだ。そうしたら、きっと空耳なのだろうが、「鳴き声、聴かせてね」、と。Mr.Bの声がした。そうして確かに俺を抜かした。僕には違和感しかなかった。なにもかもが、だ。しかしMr.Bは意味不明な言葉をすれ違いざまに、僕にしか聞こえないような囁きで、言った。気がする。僕は思わず立ち止まる。そして前を行ったMr.Bを見る。一瞬、視線が交わった。物理的に考えた。自分を抜かした奴と目が合う。つまりそれは何らかの理由があるにせよ、意図的にMr.Bが僕を見たというのだ。なんの為か。わからない。なにもかも。加えて、Mr.Bが僕に言い放ったのであろう、あの言葉の意味がよく分からず彼に聞きなおそうと思った。しかし、Mr.Bは長いストライドですいすい前を進んでしまった。なんでこのタイミングで言ったのか理解出来なかった。エレベーター内でもわずかな時間があったと言うのに。それに僕は人間だから、動物的なナキゴエは分からない。犬や猫が整然だ。うむむ、と暫し考えて、やめた。時間の無駄だと分かったからだ。俺はMr.Bが入っていった廊下の突き当たりにある古ぼけた資料室の前についた。また、Mr.Bと隔たれた密室空間に入るのだ。いささか憂鬱。しかし、そんなのはこちらが気にしなければいいだけだった。どうせMr.Bは気にしていないのだから。Mr.Bも用があって来たに違いなかった。出なければMr.Bが来るような場所ではないからだ。とうてい縁のないであろう場所だから。彼の回りにはシモベのような取り巻きがわんさかいるのを僕は知っている。だけどそんな奴らに頼まずMr.Bが来たのだから、やっぱり理由があるはずなのだ。僕は意味もなくいつもより多めに二酸化炭素を吐き出し、いつもより多く酸素を得た。そして戸を開ける。カビた空気が肺に入る。モヤッとした、空気。塵が待っているのが確認出来そうな空間。僕がその中に入ろうとした、その、瞬間。僕はわけもわからないが、とにかく、視界が左に流れたのだ。ドアノブを握っていた右腕に熱い痛み。ぐいっと何かに引っ掴み取られた。自然と力の抜けている身体が左に流れる。ぼふん。「ちょっとさ、俺の為に鳴いてよ」僕には何にもわからなくなった。


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あきました






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