こうゆうの



「たまにはいいな、」


フゥ、と。腹の底から息を吐き出し、チャプン、いたずらにお湯を揺らしては、手で湯をすくい肩に垂らして目を細めている兄貴。何がいいんだ、コノヤロー。


俺が風呂に入り、髪を洗おうと一旦湯船から出たところ「あー、さみぃ」と言いながら、俺になんの断りもなしに浴室に入ってきやがった。

なに勝手に入ってきてんだ、と言えば、いいじゃねーかよ、と言いながら俺より先にシャワーヘッドを掴んで適当に身体を洗いはじめた。

言いたい不満はたくさんあるが、言いだしたらキリがないから、グッと噛み殺してもう一度お湯に浸かった。


「なんで入ってきたんだよ」
「早く風呂に入りたかったんだよ」
「だったらそう言えよ」
「そん時にはお前が入ってた」
「せめて服脱ぐ前に、」
「いいじゃねーかよ別に」


兄貴はある程度身体を洗い終えたみたいで、顎で俺に早く出ろと伝えた。ほんと、いやな奴。

ザバン、とお湯を揺らし、兄貴とすれ違ってタイルに出た。それから髪を濡らし、シャンプーを泡立てる。

兄貴は鼻歌なんかうたいながら、「たまにはいいな」なんて言ってきた。正直、何もよくない。

兄弟の会話はしなくなってしまった。歳を重ねると自然と距離が出来ていた。どうだっていい。家族なんだから。


「お前、おっきくなったな」
「……あっそ」
「男らしくなった、感じ」
「なんなきゃ困るっての」
「まぁ、…まだ幼いけどな!」
「……うるっさいなー」


キュイッ、とつまみを捻ればお湯の雨。頭を突っ込んで泡を流す。兄貴がこっちを見ているような感じがするが、気にしない。


「あ……」
「なに、どうした?」
「……」
「なんだよ、言えよ」
「……先、髪洗えば」
「は?」


シャワーを止めて、思い付いた。早く風呂に入りたがっていたのだったら、なにか用事があったのだろう。だったら早く上がらせてあげないと。

なんてのは、建前。いや、ほんの少しの本音。実際はさっさと兄貴が上がって欲しかった。だから、そう言いたかったんだけど、兄貴の事を、なんて呼べばいいのか、一瞬分からなくなって焦った。

前は、なんて呼んでたっけ。


「ああ、うん、そうだな」
「……」
「でも、お前先に洗えよ」
「いや…だから、」
「なんなら洗うの手伝うか?」
「はぁ?なに言ってんの、馬鹿じゃないの」


温度を40℃かHOTの表示まで一気にあげて、兄貴の顔面めがけてシャワーを浴びさせる。

リアクション芸人より面白い反応をしてくれた兄貴。まあ、俺を怒らせた罰だと思えばいい。


「テ…ンメェ!」
「ここで騒ぐなって馬鹿」
「おまッ、ばかって!」
「響くから、響くからここ」


お湯の中でザバザバうるさい兄貴に、気付けば俺は、ははっ、と笑っていた。

相変わらず兄貴は舌打ちを打ったり、ごちゃごちゃ何か言ったりしているが、浴槽のお湯を俺にかけたりはしてこない。それくらいの覚悟はしていたのに。

きっと、兄は俺なんかよりずっと大人になったんだと思う。ずっと一緒に住んでいたのに、俺が気付かない間に。


「あれ、いま…何歳だったっけ」
「んあ?…俺?」


結局、俺がまた髪をガシガシと洗いはじめた。最近ほんの少しだけ色気づいて、シャンプーは2回するようになった。そんな俺には目もくれず、兄貴は暢気に鼻歌なんか響かせながら、気持ちよさそうに入浴している。


「あーもう、22だなぁ…」


天井に張りついた雫が落ちるのと同時に、ポツリ、と呟いた兄貴。22で実家暮らしってどうなんだよ。確かに勤め先はここから近いけど、女とかどうなんだよ。まさか、いないとか、そんなまさか。てか、俺ぜんぜん兄貴のこと知らなかったんだな。

こうゆうのも、別に悪くはないのかな、って少し思ったが、兄貴の口車に乗せられるのは癪だから、本当にごくごくたまに、だったら、こうゆうのもいいかもしれない。


「…髪、洗ってやろうか」
「あぁ?いいよ気持ち悪い」
「…そっちが先に言ったじゃん」
「だからって」
「じゃいいよ、俺上がるから」
「もう拗ねんなってー」


ちょっと距離が、家族なのに、一緒に住んでいるのに、なんとなく、距離が縮まった、そんな気がした。


「拗ねてねーし、まじキメェ」









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