夏の夕暮れ。 ごく短時間で終わった局地的な豪雨が去った後には、蒸し器の蓋を開いたようなムシムシとした熱気が残された。 「帰ったら、夕食の前にまずはシャワーを浴びましょうか」 「そうですね…もう汗びっしょり」 キャミソールが汗で肌に張り付く感触が気持ち悪い。 額の汗をハンカチで拭いながら、スーパーの入口に足を踏み入れると、途端に冷たい冷気が押し寄せてきた。 デパートも喫茶店も、この時期のこうした施設は、いっそ肌寒く感じるほど冷房が強すぎるものだが、今はそれが心地よかった。 赤屍はというと、相変わらず涼しげな佇まいだ。 白皙の肌には、汗一粒たりとも見当たらない。 「胡瓜がありませんでしたね。レタスは…」 「あ、レタスもです。少ししかなかったから、買っておかないと」 カートに載せたカゴの中に緑の玉を入れた聖羅は、近くにあったトマトを手に取った。 丸々としていて艶のあるトマトは、平素よりも少々値段が高くなっているようだ。 「ちょっと高い…かな?」 「多少値が張っても構わないでしょう。今日は『お財布』が一緒に来ているのですから、ね」 好きな物を買えばいいと微笑んで、赤屍は聖羅の手からトマトを受け取り、カゴへとしまった。 新鮮なトマトは今宵の食卓で、サラダを彩る鮮やかな赤になるだろう。 「赤屍さん、何か食べたいものはありますか?」 「そうですねぇ…たまには茄子が食べたいですね」 「茄子かあ。じゃあ、焼き茄子に…ああ、鶏肉と一緒に棒々鶏にしてもいいかな。それとも豚肉のあんかけにして…」 「そうすると、片栗粉も要りますね」 茄子、ピーマン、と次々にカゴへ食材を入れていきながら、並んで歩く。 正面から子供が押すカートが突っ込んで来たのを、赤屍は聖羅の肩を抱き寄せて、危なげなく避けさせた。 「少し涼しくなりましたか?」 「はい、少しだけ」 「それは良かった。では、直ぐに寒くなりますよ」 ほんの少しずれていたキャミソールの肩紐の位置を直してやりながら赤屍が笑う。 「さあ、貴女が凍りついてしまう前に、買い物を済ませてしまいましょう」 誰が想像するだろう。 恋人の夕食の買い出しを手伝うこの男が、表情一つ変えることなく、血塗れのメスを振るう魔人だと。 夜の闇を切り裂いて放たれるメスも 悪魔のような疾さで闇を走る黒衣も 息も吐かせぬ間に命を奪う冷酷さも ここで平和に買い物を楽しんでいる者達には、まるで無縁のものだ。 聖羅は赤屍のほうに左手を差し出した。 チラリと笑みを見せた男は、ごく自然にその手を握ってくれる。 「帰ったら、一緒にシャワーを浴びましょうか」 さらりと告げられた言葉は、やはり聖羅にしかわからない暗号のようなもので。 今夜の夕食は、少し遅くなるかもしれないな、と思いながら、聖羅は赤屍に笑顔を向けた。 |