昏い海の向こうからゆらゆらと灯りが近付いてくるのが見えた。 船──にしては、港でもない場所にやってくるのは妙だ。 しかし、コンクリートの縁にギリギリまで寄せて停止したのは、やはり小型の船だった。 漁に使うものではないそれの上には、若い女が一人立っている。 「赤屍、そっちは済んだ?」 「ご心配なく。そちらは随分時間がかかりましたね」 「途中で邪魔が入ったのよ」 女は苦々しげな表情で言うと、軽く手を振ってみせた。乗れという事なのだろう。 赤屍と呼ばれた男が聖羅を振り返る。 「一緒に行きますか?」 「えっ!?」 「ちょっと!赤屍!」 驚く聖羅が何か答えるより早く女の憤慨した声が割って入った。 「仕事中になにやってるのよ!ナンパなら終わってからにしてちょうだい」 「やれやれ…仕方ありませんねぇ」 赤屍が笑いながら聖羅を手招く。 促されるまま近付いた聖羅の頬を、白い手袋をはめた手が包んだ。 「そういう訳ですので、また後ほど改めてお迎えに上がります」 「えっ、えっ? あ──?」 良い香りとともに寄せられた美しい顔。 柔らかく冷たい唇は、触れて直ぐに離れていった。 「この雪が消える前に──必ず、ね…」 微笑を刻んだ唇がそう告げる。 赤屍はひらりと身を翻すと、船の上に飛び降りた。 あっという間に去っていく船を呆然と眺めていた聖羅は、我にかえった途端赤くなり、次いでみるみる青ざめていった。 花束を持った人拐いが再びその漁村を訪れたのは、雪が融けるどころかまだ小雪のちらつく翌朝の事。 |