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声にならない悲鳴をあげた聖羅を腕に抱いたまま、男が視線を斜め後ろへと向ける。

「この辺りは無人ではなかったのですか、卑弥呼さん」

「そのはずだけど」

若い女の声が答え、暗闇から小柄な少女が歩いてくる。
卑弥呼と呼ばれた女は怯えきっている聖羅を見ると、ちょっと気の毒そうな顔をした。

「封鎖するタイミングが悪かったみたいね。一般人が紛れこんでいるのに気がつかなかったのは私のミスだわ」

「仕方がありません。運が悪かったのでしょう」

薄く笑う男を、聖羅は呆然とした表情で見上げた。
封鎖?
一般人?
彼らはいったい何を言っているのだろう?

「それよりも」

不意に男の双眸がこちらを向いた。
びくっと身を竦めた聖羅に、命の恩人は美しい三日月のような切れ長の瞳を細めて微笑みかける。

「彼女をどうするか決めなければいけませんね」

「ど、どうする、って……?」

「貴女は見てはいけないモノを見てしまったのですよ。このまま帰すわけにはいきません」

「そんなっ…!」

「ちょっと、赤屍──」

卑弥呼が何か言いたげに口を開いたが、男は畳みかけるように続けた。
赤屍。それがこの男の名か。

「我々はある依頼を受けて今夜ここに来ました。そう──例えば、薬の副作用で狂暴になった人間を始末し、依頼された品を運ぶ…といった依頼を、ね。
我々の依頼主(クライアント)は、この件が外部に漏れる事を望んでいません。目撃者をどうするかは私の一存に任せると言われています」

「わ、私、誰にも言いません!秘密にします!」

「貴女を信用しろと?」

赤屍がクス、と小さく笑う。
綺麗だけれど、どうしてか不安な気持ちになる微笑だった。

「それは出来ませんね。残念ながら、貴女が誰にも話さずにいられるという確証はない。そうでしょう?」

「そ…それは…」

聖羅は言葉に詰まった。
さっきの光景が蘇る。
薬で狂暴化していたからと言って、あっさりと殺してのけたのだ、この男は。
襲いかかってきた奴のような狂暴性はないが、赤屍はそれ以上に恐ろしい人物であるような気がしていた。

「貴女には私と一緒に来て頂きます。その後どうするかは、様子を見て決める事にしましょう。よろしいですね?」

「………はい」

こくんと頷いて項垂れた聖羅に、赤屍は「良い子だ」と囁いた。
場違いなほどに甘く艶めいた響きを持つテノールに、ぞく、と背が粟立つ。
視線を転じれば、まだ新鮮な血の匂いを漂わせている惨劇の現場が目に入った。
これが幻ならばどれほど良かったか。
だが、鼻をつく血臭も、赤屍の美貌も、妖しく恐ろしい微笑みも、白い手袋に包まれた手が頬に触れる感触も、紛れもない現実だった。



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