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暗い院内で唯一明るい場所──さながら、ナースステーションは闇夜の孤島だ。
昼間は忙しく立ち働く看護師達の姿も今はない。

周囲の静寂を何となく落ち着かなく感じながらも、聖羅は手早く珈琲を用意した。
赤羽はデスクの一つの前に陣取り、入院患者のカルテに目を通している。
そうして眼差しをカルテへと向けている時の彼は真剣な面持ちで近寄り難い雰囲気を纏っており、聖羅は手に持ったカップをどのタイミングで差し出そうか迷った。

「あの…」

「ああ、すみません。有難うございます」

幸い、直ぐに気付いた赤羽がにこりと笑んでカップを受け取ってくれたので、ほっとする。
そのまま、赤羽が優雅にカップを口元に運ぶのに見入っていると、切れ長の瞳が聖羅を見てふっと細められた。

「とても美味しいですよ。まだ朝までは大分ありますから、貴女も眠気覚ましに一杯如何です?」

「あ、そう…ですね…じゃあ、そうします」

聖羅が珈琲サーバーのほうへ向かおうとすると、赤羽がそれを制した。

「私が淹れますから、聖羅さんは座っていて下さい」

でも、と口ごもる聖羅の肩を叩き、やんわりと、だが逆えない程度の強引さで椅子に座らせる。

「すみません、赤羽先生」

「いいえ。お気になさらず」

恐縮する聖羅に背を向けると、赤羽はカップに注いだ熱い珈琲に、ポケットから出して隠し持っていた薬包を傾けた。
背後にいる聖羅は男のその行為に気がつかない。
ただ、憧れの男性医師と二人きりだという事態に今更ながらに緊張し、どうしようどうしようと焦っている。
サラサラと零れ落ちた粉末は、みるみる琥珀色の液体に溶けて消えていった。
男の唇に密やかに浮かぶ笑み。
それはもうひとつのセカイにいる黒衣の運び屋が、愛しい獲物を追いかけ回す時の微笑に酷似していたが、この世界にそれを知る者は誰もいない。



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