:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

03:ゆらめく心音


部長から最後に締めの一言を貰って一旦お開きになった飲み会。そのまま帰る人、仲間内で次の店を向かう人。俺と真奈美さんはどちらにも属さず、小林さんや井上さん達を店の前で見送り二人揃って歩き出した。
自分の隣を真奈美さんが歩いてる。たったそれだけの事。職場で、こうした飲み会の帰りに、真奈美さんの隣を歩いた事はあるのに、今のそれは今までと状況が違う訳で。会社の先輩と後輩。飲み足りないから付き合って欲しいという、ただそれだけの理由。だけど俺にとってこの状況にはそれ以上の意味がある。
ここから二人の関係が進展、なんて事は無いにしてもこうやって彼女の隣を歩ける事が嬉しいと思える。


「佐倉君、マナが言ってたけどさっきの店であんまり飲んで無かったの?」
「あ、はい。いつもよりは飲んで無かったですね。」
「酒飲みのくせに勿体無い。」
「一応、幹事でしたからね。」
「真面目だなー。まぁ、そこが佐倉君の良い所だと思うけど、気を遣って損する事もあるよ?」
「それは、須藤さんもですよ?」
「あたし?」
「はい。須藤さんって何でも楽しそうって言うか体当たりな感じですけど、実は周りをよく見て動いてますよね。仕事にしても。本当は自分のミスじゃなくても抱え込んだり。そして『大丈夫』『平気』って言って頑張ってるから、…なんて言うか時々心配になります。」
「………。」
「あ、生意気言ってすみません。」
「……佐倉君にはそう見えてるんだ。何か今の言葉で救われた気がする。」
「え?」
「ほら、あたしってこんな性格でしょ?だから『大丈夫』って言えば皆『うん、あいつは大丈夫だ。』って思われて結果だけを見られるって言うのかな。結果だけは評価して貰えるけど過程は気にされないって言うか。まぁ、そうゆう風に仕向けてるのは自分なんだけど。だから、きちんと結果以外の部分も佐倉君は見てくれてるんだなって。…ありがと。」
「そんな、お礼を言われる事じゃないですよ。」
「ううん。……ありがと。」


真奈美さんが立ち止まって、俺の眼を見据えてる。その表情は今まで見てきた彼女の表情の中で一番穏やかで、そのたった一言には一言以上の気持ちが込められてる本心なんだと思わずには居られない。そんな彼女の眼差しがあまりにも真っ直ぐで、上手く見返す事が出来ず早々に目を逸らしてしまう。


「さぁ、早く行きましょう。思う存分飲むんですよね?」


誤魔化す様にそう言って歩き出すと、真奈美さんは「ふふっ」と笑ってまた俺の隣に並んでくれた。


「じゃあ、最近美味しい焼き鳥屋さん見つけたから特別に連れてってあげる。」
「焼き鳥、良いですね。中でもお勧めは何ですか?」
「何でも美味しいけど一番はイモ焼酎かな。」
「焼き鳥なのにお勧めは酒って、どんだけ酒飲みなんすか。」
「いや、焼き鳥も美味しいんだけどね。そこの焼酎がまた格別美味しいんだよね。」


それから真奈美さんの焼酎談義を聞きながら、お勧めだと言う焼き鳥店へ向かう。最初の店を出た時よりも少し縮まる二人の距離。その距離感は決して近いものでは無いけど、さっきまでよりは確実に縮まっている様な気がした。





「改めて、乾杯ーっ!」
「お疲れ様です。」


カチっと音を響かせたのは二人分のグラスの音。真奈美さんが連れて来てくれたのは彼女が使ってる最寄駅からすぐの店。そして俺が使ってる最寄駅から隣の駅であった。今までハッキリと家の場所を聞いたり、聞かれたりする事は無かった。だけど何度か世間話の中で生活テリトリーが似てると思う事はあったが、まさか駅ひとつしか離れて無かったとは。
小さな焼き鳥屋のカウンター席。俺と真奈美さんの間には焼き鳥の盛り合わせ。そして互いの手には彼女がお勧めだと言うイモ焼酎のグラス。活気があってアットホームな店の雰囲気のお陰なのか、隣に座る真奈美さんがリラックスしてるからか、俺もくつろぎながらイモ焼酎に口を付けた。


「うまっ!何すかコレ!」
「でしょ?ってゆうかそんなテンション上がる佐倉君って初めて見た気するんだけど。」
「そうですか?まぁ、俺だって想像以上に美味いもん飲めばテンションだって上がりますよ。マジで美味いです。」
「気に入ってもらえて良かった。」
「はい。今まで飲んだイモ焼酎の中で一番美味いかもしれません。」
「あたしも初めて飲んだ時にそう思った。あと、焼き鳥も本当に美味しいから食べてみてよ。」


休憩時間や、飲み会でも二人で話す事はあったが、こんな風に二人きりでのんびりと互いの話をする事で改めて知っていく互いの事。それは俺の事だったり、真奈美さんの事だったり。今まで知らなかった一面に驚いたり、逆に驚かれたり。共通の話題があったり、否定し合ったり。学生時代の話だったり。家族や友人の事だったり。あらゆる話をする。

彼女と出会って二年。出会った瞬間に恋をした、訳では無い。もちろん先輩として憧れていたがそれは恋愛感情とは違っていて、何よりもその頃には俺にも付き合って彼女が居たしその彼女の事が大好きだった。だけど働く様になってから会う時間が減ったり、考え方の違いが目立ってきて。社会人になって季節が一巡する前には、それぞれ別の道を歩んでいた。
真奈美さんの事を女性として意識し始めたのはいつだったかハッキリ覚えては居ない。だけど毎日会社に行けば、彼女はそこに居て。いつもと変わらない笑顔にいつからか惹かれていて。気が付けば彼女の姿をいつも眼で追っていた。
いつもと変わらない様に見えるし周りにも変わらない態度を取っていても、元気が無さそうだとか、さっき彼女に伝えた様に『大丈夫』と口では大した事無さそうに言いながら本当は凄く頑張ってる姿勢だとか、ふとした時に少しだけ見せる素の表情だとか。そんな彼女の姿はいつからか俺の胸の中に常駐していた。

真奈美さんの口からハッキリ聞いたことは無いけど、入社してすぐの頃に井上さんから部署内の恋愛事情を聞いた覚えがある。「須藤は謎なんだよな。自分からあまりその手の話はしないし。でも愛美ちゃんと彼氏がどうたらって話してるの聞いた事あるから付き合ってる奴は居るんじゃねぇかな?まぁ、どっちにしてもあまり男に溺れる様なタイプじゃ無いだろうからあっさりしてそうだけど。」とまぁ、アバウトな情報を聞いていた。
その時は「そうですか。」と聞き流していたが、今になってみればきちんとした情報を得て居ればと思う。井上さんの見解は別として、小林さんと彼氏がどうのという話をしていたというのならきっと彼氏は居るに違いない。というか、彼氏が居て当然だと思う。

美味い酒を、美味い焼き鳥をツマミして頂く。そんな俺の隣には楽しそうな真奈美さんの笑顔。楽しい時間はあっと言う間に過ぎて行く。だけど今はそんな時間に終わりがやってくる事は考えずに、ただ彼女と過ごせるこの時間を楽しむとしよう。それが先輩と後輩という関係でしか無くても。アルコールが抜けた頃に余計な感情無しで「楽しかった」という思い出しか残らない様に。





「今日は付き合ってくれて本当にありがとうね。」
「いいえ。こちらこそ美味い店を教えて貰えたし楽しかったです。」
「あたしも楽しかった。また今度一緒に飲もう。…それじゃあね。」
「はい。今日はゆっくり休んでください。」


楽しかった時間は本当にあっという間に過ぎ、店の前で真奈美さんと別れる。家の前まで送ろうかと一瞬迷ったが、出過ぎた真似かなと思って「送ります」の一言を口にする事は出来なかった。真奈美さんの後姿をしばし見送り、酔い覚ましも兼ねて一駅分を歩いて帰る。

自販機で缶コーヒーと無くなりそうだった煙草を買って、コーヒーを飲みながら夜道を歩く。いつもは閑散とした夜空も今日はやけに澄んでいる様に見えた。そんな事を思ったり、さっきまでの時間を思い返しながら歩いていたらあっという間に家に辿り着いた。部屋の前でズボンのポケットに手を突っ込んで鍵を探す。だが、いつもならすんなり出てくるソレが今日はなかなか出てこない。「あれ?」なんて思いながら他のポケットの中や鞄の中を漁るが鍵は出てこない。どこかに落としたか?なんて考えが頭に過ったが、すぐに「あっ」と思い出す。そういえば今日会社でズボンのポケットから鍵を出して引き出しにしまった覚えがある。いつもは入れっぱなしの鍵を何で出したかは覚えてないが、引き出しにしまった記憶はあるし、それを取り出した記憶は無い。
何をやってるんだ俺は、と自嘲気味に零れた乾いた笑い。だがそんなもの溢したところで家に入れる訳も無い。終電も出ている為、歩いて行ける距離に住んでいる友人に電話をかけたが繋がらない。仕方ないから今夜は駅前のネットカフェで過ごして、明日は休みだが朝になったら会社に鍵を取りに行こう。確か他の部署は忙しい様で残業や休日出勤が続いてる様だから明日も休日出勤してる人が居る筈だ。そんな事を考えながら家から駅前に向かって歩き出したタイミングで着信を告げる携帯。先程の友人が折り返してくれたと思えば、着信ディスプレイには真奈美さんの名前が表示されている。


「はい。もしもし?」
「もしもし?あの、今日は付き合ってくれてありがとう。なんかもう一回ちゃんと言いたくなって。」
「いいえ、こちらこそ楽しかったんで。」


それからさっきまでの続きみたいに電話越しに真奈美さんと話を続けながら夜道を歩いていたら、遠くの方からタクシーのクラクションが聞こえてきた。


「…あれ?もしかして外?佐倉君まだ家じゃないの?」
「あー、実は家の鍵を会社に忘れて来てしまって。今晩はネットカフェで過ごそうかなと駅前に向かってる途中です。」
「そうなの?……あのさ、もしよかったらだけど………今からうち来る?」
「えっ?」
「あ、迷惑じゃなければだけど。何かさっきまで楽しかったし、もう少し佐倉君と話したり出来たらなーなんて。」
「いや、俺は迷惑だなんて思いませんけど、……。」
「けど?」
「……彼氏、さんに悪いので。」
「え?」
「会社の後輩でも、こんな夜中に彼女の部屋に上がり込んだら彼氏さんに悪いです。」
「……っ、はは!何の心配してるかと思えば、あたし今彼氏居ないから。それに変な意味で誘ってる訳じゃないから。…っあはは!」
「……そんな、笑わないでくださいよ。」
「ごめんごめん。でも本当に別に変な意味じゃなくて、明日は休みだし佐倉君が迷惑じゃなければもう少し話したり出来たらなって。ネットカフェに行くよりは休めると思うしさ。友達の家に遊びに来る感覚でどうかな?」
「……須藤さんが本当に迷惑じゃなければ。」
「誘ったのはあたしなんだから迷惑な訳無いでしょ。それじゃあさっきのお店の近くにあったコンビニでしょ?うちそこまですぐだからそこで待ってるね。」
「いや、コンビニの近くに着いたら電話するんで、電話で誘導してもらえれば大丈夫です。だから須藤さんは家に居てください。」
「すぐそこだし迎え行くよ?」
「例えすぐの距離でも俺の為に夜道を女性一人で歩かせる訳にはいきません。」
「………佐倉君ってさ、」
「はい?」
「何でもない。ありがと。それじゃあコンビニ着いたら電話して。」
「分かりました。あ、コンビニで何か欲しいのあります?買っていきますよ。」
「飲み物とか食べ物は一応あるから大丈夫かな。……あ、やっぱりチョコが欲しい。普通の板チョコでも何でも良いから。」
「分かりました。じゃあチョコ買ってからまた電話しますね。」
「うん。気を付けて来てね。」


切れた電話をそのままぼんやりと見つめながら歩く。酔っ払って勝手に都合の良い妄想でもしたのか?そう思って今切れたばかりの電話の着信履歴を確認すると、そこには真奈美さんからの着信が確かに残ってる。
大きく息を吸い込んで吐き出した。速まる鼓動はまだ残ってるアルコールのせいじゃない。

真奈美さんに彼氏は居ないらしい。だからと言って俺を誘ったのは変な意味じゃない。喜んでいいのか悲しむべきなのか。だけど今は何よりもさっき別れたばかりの彼女の顔が見たくて、夜道を走り出した。


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