:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

02:微炭酸が浸透


定時で上がった小林さんは「女子は退社後に飲み会行くにしても支度に時間がかかるのよ。」と言っていて、結局別々に行く事になった。家から来るわけでも無いし、まる1日顔を合わせていた社内の人間との飲み会前に何を改まって支度する必要があるのか俺には解らないが、女性と言うのはそうゆう生き物らしい。
真奈美さんと小林さん以外で良くしてもらってる井上さん(32歳の男の先輩)は、定時の時点で外出先からまだ戻ってきて無かった。遅れそうだとか、遅れると連絡は入ってないからきっと飲み会開始時刻にはしっかり居酒屋に現れるだろう。

会社を出て居酒屋へそのまま向かうにしては時間が早過ぎる。俺は居酒屋の近くの本屋に立ち寄り時間を潰してから、店に向かった。
飲み会開始10分前に目的地である居酒屋に到着し、座敷へ足を運ぶとすでに数名の姿がそこにはあった。それか次から次へと訪れる人。小林さんや井上さんもやって来て、あっと言う間に開始時間前には真奈美さんを除く参加者が揃っていた。

定刻通り19時に始まった飲み会。酒や料理の味が、と言うよりは大きな座敷がある大型のチェーン店なので何かと便利という理由で場所はいつも決まって同じ居酒屋。


「すーちゃん、間に合うかな?」
「思ってたより遅いですね。」


広い座敷の中で皆一緒にというよりは、その中で更にいくつかのグループみたいな感じに自然に分かれて会話を楽しんでいる。あちらこちらから聴こえる談笑と、空いていくグラス。
この賑やかな空間に真奈美さんの姿はまだ無い。

飲み会が始まってから、あちこちのグループからお声が掛かり移動を繰り返す人気者の小林さんがようやく俺や井上さん、仕事中によくお菓子をくれる高波さん、1歳年下の門松君が座るテーブルに腰を落ち着かせたタイミングで零れた真奈美さんの名前。
だけど小林さんが真奈美さんの事を話し出すよりも前、というより会社を出てから今までずっと、真奈美さんの事が気になっていた。


「須藤はあんな性格だけど真面目で責任感強いからな。」
「仕事以外は雑なのにね。そこが須藤さんの良い所だし尊敬出来る所だけど。」


そんな話を井上さんと高波さんがする。門松君はと言うと、先輩の話だから気を遣ってるのか会話に混ざると言うよりは、先輩達の会話に耳を傾けうんうんと頷きながら参加している。俺も門松君と同じ様に「そうですね。」なんて相槌を打ちながら会話に耳を傾けていた。
だけど、アルコールが入った人間は話題がコロコロ変わる。気付けば今は井上さんのひょんなものまねから最近テレビでよく見る芸人の話、更には芸能ニュースから社内の話題などに変化していく。

そんな状況に少し安心する。このまま真奈美さんの話が続いたらうっかりした発言や自分の態度で、自分が彼女に想いを寄せてる事がここにいるメンバーにバレてしまうかもしれない。
ここに居る皆がそんな俺をおもしろ可笑しくからかうと言う事は無いと思うが、この感情を誰かに話したりだとか、後押ししてもらいたいという気持ちは無い。俺が真奈美さんに対して抱いている気持ちは、自分の中に確かにあればそれでいいのだ。


「そろそろラストオーダーの時間になります。」
「あ、はい。分かりました。」


ひょっこりを部屋に訪れたのは真奈美さんでは無く店員だ。もうそんな時間かと思いながら、まだ来ていない真奈美さんの事を気にしながらも幹事としてみんなにラストオーダーの時間だと告げる。「えー?まだ飲み足りない」「延長しよう」だの酔っぱらった皆からの声を聞き流し、それぞれオーダーを店員に告げて貰う様に指示し再び腰を降ろそうとした瞬間に真後ろにある扉が開いた。


「お待たせしましたー!!」
「お!須藤遅いぞ!」
「お疲れ様ー。」


どこから走って来たのか、乱れた呼吸と前髪を直す真奈美さん。そんな彼女の登場に室内に居る人達が声を掛ける。そんな様子を見ながら、やっと彼女が訪れた事に安堵する気持ち。しかし、来たばかりの彼女にもうすぐ飲み会が終わってしまう事を告げなくてはいけない。


「お疲れ様です。須藤さん、とても言いづらいんですがもうラストオーダーの時間みたいです。」
「え!?それじゃ一杯しか飲めないじゃん!……まぁ、遅れて来たんだから仕方ないか。すみません生ビール。大ジョッキで。」


店員に注文を告げ、扉のすぐ傍、丁度良く空いていた俺の隣に真奈美さんが座る。


「すーちゃんお疲れ様。」
「おまえ来るの遅すぎ。」
「須藤さん、お疲れ様。」
「お疲れ様です。」


俺の周りに居る皆も真奈美さんに声を掛ける。真奈美さんは「まさかこんなに時間掛かると思わなかった。」とあっけらかんと返答し、テーブルの上にある枝豆に手を伸ばす。そしてバッグから煙草を取り出し火を付けた。煙草を持つ細くて長い指にも、煙草をくわえる口元にも、煙を吐き出すときに少し細める目元にも、彼女のそんなひとつひとつに目を奪われる。
つられる様にテーブルに置いてある自分の煙草に手を伸ばし火を付けた。俺が吐き出したラッキーストライクの煙と、真奈美さんが吐き出したマルメンの煙がゆらゆらと天井に向かうまでに混ざり合う様子をぼんやり眺める。
それからは仕事の話を少々、あとは先程までと同じ様に皆で他愛の無い世間話などをしてる間に店員が最後の飲み物を持ってやって来た。


「じゃあ最後の乾杯。」
「乾杯。お疲れ。」
「すーちゃんお疲れ様。」
「乾杯。」
「お疲れ様です。」


遅れてやってきた真奈美さんに向け皆で乾杯を交わす。そのまま口元にグラスを運びゴクリと音を立ててビール真奈美さんの横顔。それを見てやっと俺は心配する事無く自分の酒を飲む事が出来た。


「ぷはー!美味い!」


そう言って口元に付いた泡を拭う仕草は、傍から見れば豪快なのだろうが俺にはそんな真奈美さんの姿はとても可愛らしく見える。ほのかに赤い頬はアルコールのせいでは無く、彼女が走ってやって来た為。
仕事を片づけ完全にオフの状態で無邪気に笑った真奈美さんの顔。この時間がもっと続けばいいのに。彼女ともっと一緒に居たい。それはこの飲み会の間の話なんかじゃなくて、これから先もっと彼女の傍で一緒に色々な場所で、一緒に色々な想いを共有したいと想う気持ちが胸に広がる。
真奈美さんが持つジョッキにぼんやりと映る俺の顔。彼女の眼に映る俺もこんな風にぼんやりしてるのだろうか。なんて考えてこっそり溜息を付いた。


「えー!?マナも井上さんも高波さんも門松君も帰るの!?」
「明日の朝早くて…。ごめんね、すーちゃん。」
「俺も、嫁さんから帰って来いコールが…。」
「私も帰るわ。」
「僕も帰ります。」


俺がぼんやりとしてる間にこの後どうするかという話が進んでいたらしい。そして今来たばかりの真奈美さんはもちろん飲み足りなくて。だけど他の皆は帰ってしまうとの事だ。
部署の飲み会というものの、一次会は部署内で参加者を集うがその後は基本自由だ。大抵決まったメンバーで二次会に行ったりそのまま帰る人が居たり。いつもは真奈美さん、小林さん、井上さん、それから今日は参加していない笹下さんと俺の五人で二次会をする事が多い。あとは一次会の最後に一緒に居た人を加えたりでメンバーは多少変化するのだが、この五人で二次会をするのはお決まりのパターン。今日一緒に飲んでいた高波さんと門松君は飲み会に参加しても一次会だけで帰る。今日もそうらしい。
なので今の状況だと、このメンバーで二次会をするのは困難な状況と言う訳だ。


「佐倉君は?」
「俺ですか?俺は特に。いつも通り二次会あるなら行こうかなーって感じでした。」


真奈美さんもこのまま帰るのか、はたまた俺を誘って他のグループの二次会に混ざるのか。しかし周りの様子をザッと見回すとどうやら今日はこのまま帰るメンバーが多いらしく、二次会に行くのは部課長グループや仕事以外ではあまり話をしないグループだった。どちらにせよ、いつもの様に少人数の気の置けないメンバーでワイワイとする二次会はさすがに出来なさそうだ。
年に数回、真奈美さんと職場以外で楽しく過ごせる時間。今日はほんの少しで終わってしまうのかと思った俺の隣から、一瞬耳を疑う様な真奈美さんの言葉が飛んだ。


「じゃあ、たまには二人で飲みに行くか!」
「え?」
「おっ!須藤が佐倉を喰うぞ!」
「は?……違うし!だってあたし全然飲んでないんだもん。このまま帰るのも嫌だし、部長達と一緒じゃ息抜きも出来ないじゃない。」
「須藤さん、去年の忘年会の時めっちゃ楽しそうに自分から部長に絡んで行ってましたけど。」
「そうだっけ?」
「って言うか、佐倉君も幹事だったからあんま飲んでないでしょ?すーちゃんに付き合って飲み直してきなよ。私の分まですーちゃんの相手してきてあげて。」
「そうなの?じゃあ今日は仕事で疲れた先輩の息抜きに付き合って。」
「はい…。」


然程飲んでいないのに酔っ払ってしまったのか?隣に座る真奈美さんの顔をチラリと伺うと、いつもと変わらない顔でジョッキに口を付けていた。
特別な何かが待ってる訳じゃない。たまたま二人で飲みに行くだけになっただけ。そう自分に言い聞かせながら、ジョッキを呷ると心地よい苦さが喉に沁み、ここに来た時からずっと変わらない明るさである筈の橙の照明がやけに眩しく感じた。


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